福島第一原子力発電所陸側遮水壁(凍土壁)
- 所在地
- 福島県双葉郡大熊町
- 施設管理者
- 東京電力ホールディングス株式会社
- 設計者
- 東京電力ホールディングス株式会社
鹿島建設株式会社
- 施工者
- 鹿島建設株式会社
- 関係者
- ケミカルグラウト株式会社
カジマメカトロエンジニアリング株式会社
- 着工年月
- 2013年11月27日
- 竣工年月
- 2018年3月31日
プロジェクト概要
東日本大震災で被災した福島第一原子力発電所では、建屋周辺の地下水位を低下させるための揚水設備(サブドレン)が被害を受け、建屋へ地下水が流入したため、放射性物質による高濃度の汚染水が増加した。そこで、建屋への地下水流入を抑制する方策の一環として、輻輳する既存地中構造物や汚染土壌、高い空間放射線量下での施工など、現地の困難な条件に対応できる凍土方式陸側遮水壁(延長約1,500m、深さ約30m、計画凍土量約70,000㎥)が計画・施工された。
企画・設計・施工のポイント
建屋への地下水流入抑制を企図した建屋周囲への陸側遮水壁設置であったが、当時の周辺環境から、大きくふたつの課題に直面していた。ひとつは、施工する建屋周辺に解体撤去困難なトレンチや配管などが数多く埋設されていることであった。これにより、地中連続壁、鋼管矢板、高圧噴射攪拌工法などの一般工法は適用が困難であった。もうひとつは、周辺地盤・地下水は事故に伴い汚染されており、工事に伴う汚染土や汚染水の発生を最低限に抑える事が必要だった。
これらの課題に対し、凍土壁は埋設物を残置した状態で施工でき、汚染土や汚染水の発生も前述の一般工法に比べ大幅な削減が可能であり、
当時の現場環境、制約条件下での遮水壁設置において有用性に秀でた技術であったため、凍土方式での陸側遮水壁設置が採用された。対策前に約490㎥ /日であった建屋への地下水・雨水等流入量とその他を合わせた汚染水発生量は、陸側遮水壁の完成と他の対策との複合効果により2018年度は約170㎥/日まで減少し、汚染水貯蔵タンクの容量切迫の危機回避および汚染水処理費の低減に大きく貢献した。
凍土方式を適用する際の課題は、①地下水流による凍結阻害への対処、②大規模凍土の造成管理の省力化、③長期運用技術の確立、④建屋の汚染水アウトリークにつながる急激な地下水位低下の防止であった。
これに対し、①過去に例のない大規模3次元熱-水連成解析による凍結阻害箇所の予測と予測箇所の先行凍結や事前の薬液注入、実際に凍結阻害の傾向が見られた箇所への薬液注入、②多点測定(約10,000箇所)に適した光ファイバー地中温度センサーを採用(国内凍結工事で初)した測温システムの構築とそれによる凍土壁の温度状況を見える化・共有化、③遮水効果維持のための適正な凍土維持運転方法(間欠運転)の適用、交換可能な凍結管構造の採用(全1,568本)、④陸側遮水壁閉合域内での注水によるきめ細かい水位コントロールを可能とする33孔の注水井戸設置など、凍結工事としては最先端の高度技術を盛り込んだ設計・計画とした。
遮蔽対策と作業時間の短縮化で、被ばく線量を低減
施工時には、現場周辺における放射線量を考慮する必要があった。対策せずに施工をした場合、法定限度を上回る被ばく線量となり作業継続が困難になる可能性が高かったため、①除染・遮へい、②作業時間の短縮という観点での被ばく線量低減対策を実施した。遮蔽ベストの着用・遮蔽擁壁の設置により、被ばく線量を2割程度削減し、仮設・本設構造物ともに可能な限り長尺化・プレキャスト化することで、現地作業時間を大幅に短縮化し、被ばく線量の低減を実現した。
十分な維持管理の効率化を図る
従来の凍結工法に比較して、運用期間が長期に及ぶ計画であっため、維持管理の効率化を十分とするよう、計画・設計・運用においては、以下2点を考慮した。
①地中温度計測システムによる温度計測結果を有効に活用し、凍土造成完了後は冷却材(ブライン)循環を間欠的に実施する維持管理運転に移行し、凍結設備運転の効率化を高める。
②超長期運用となった場合、経年劣化対応として設備更新の必要が生じ得るので、主要な設備である凍結管に3重凍結管を採用し、交換可能な構造として、長期にわたる維持管理にも対応した設備設計とする。
施工プロセスの特徴
被ばく線量低減
現地の高線量下施工環境を考慮し、施工者の被ばく線量の低減を除染・遮蔽と作業時間の側面から図り、安全性を確保した。遮蔽ベストを含む適正な防護装備の着用・施工箇所周辺に遮蔽設備を設置、配管類の長尺化・プレキャスト化による現地作業時間の短縮などが対策例である。
維持管理における間欠運転
凍土造成完了後、冷媒であるブライン供給を間欠的にし、凍土遮水壁の成長を抑制、近接する既存構造物への影響を低減するほか、遮水壁の維持管理に要するエネルギー消費量を削減した。
掘削土量・解体撤去作業の削減
凍結工法の採用により、同等規模の遮水壁を地中連続壁等で構築する場合と比較し、大幅に掘削土量を削減。また、干渉する構造物の撤去が不要となったので、解体撤去で生じるコンクリートガラ等の副産物を大幅に削減した。
光ファイバー測温システムの構築
国内凍結工事において初となる光ファイバー測温システムの構築により、地中温度分布図の活用により、施設運用者・施工者や関係者間での凍土壁の状態の見える化・共有化を実現。これにより、適正な時期・規模での凍結促進補助工法実施を可能にした他、より効率的な維持管理運転を実現した。
プレキャスト化
被ばく線量抑制効果を最大限とするため、現地での作業時間を削減すべく多くの本設・仮設構造物のプレキャスト化を行った。
復興支援
凍土壁の造成により、サブドレンによる揚水など、重層的に地下水位を安定的に制御し、建屋に地下水を近付けない水位管理システムを構築、対策の実施により、汚染水発生量を対策前の490㎥/日から2018年度約170㎥/日まで低減した。これにより、福島第一原子力発電所の事故収束・廃炉プロジェクトの一環である汚染水対策の進展に貢献した。
受賞理由
東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故により1〜4号機建屋周辺の地下水揚水設備が運転停止し、建屋へ地下水が流入して燃料デブリなどに触れることによって放射性物質による高濃度汚染水が大量に発生した。国の汚染水処理対策委員会において、汚染源に地下水を近づけない対策が透水係数・施工性・耐震性・工期などの観点で比較検討され、延長約1,500m、深さ約30m、凍土造成量約70,000㎥の世界最大規模となる凍土方式の遮水壁が採択された。
遮水壁の施工にあたっては、①多数の既存埋設設備や地下水流による凍結阻害の中で確実に凍土遮水壁を造成すること、②作業者の被ばく線量の低減や汚染水量の早期抑制のために凍土造成の合理化を図ること、③長期的な運用になる可能性を踏まえた設備仕様とするとともにその運用管理技術を確立すること、などが課題であった。
これらを実証試験による凍土壁の成立性確認、光ファイバーを用いた測温システムや交換可能な三重管構造の凍結管、ブライン配管のプレファブ化・接続部のワンタッチジョイントの採用、敷地全体をモデル化した三次元浸透流-熱移動連成FEM解析、遮蔽設備や適正な防護装備等の作業員の各種安全対策など施工プロセスの工夫・改善によって克服し、地中温度の詳細な管理のもと1,568本の凍結管により段階的に凍土造成を行い、汚染水発生量を大幅に減少させた。その結果、2018年3月の汚染水処理対策委員会にて「凍土壁による地下水の遮水効果は明確に認められることから、サブドレンなどの機能と併せ、地下水を安定的に制御し建屋地下水を近づけない水位管理システムが構築された」との評価を受けた。
高線量という過酷な作業条件下かつ、事故収束の動向が注視される中での前例のない本プロジェクトの成果は、福島復興に貢献するだけではなく、土木技術に対する社会的評価の向上に大きく貢献するもので、日建連表彰土木賞に値するものと認められた。