松嶋幸治さん
現場測量パイロット
カメラを搭載したUAV(無人航空機、通称「ドローン」)を操縦して、高所から現場を撮影します。原則として資格は必要なく、広範囲の航空撮影を比較的手軽に行えるため、建設現場での利用が増えています(市街地や空港の近くでドローンを飛ばす際は事前申請が必須)。
また、単に撮影するだけでなく、工事の前に現地の地勢を調査したり、人が行けないような危険な箇所を点検したり、プログラムで決められた箇所を撮影して測量に用いたり、といった多様な利用法があり、その重要性・汎用性はますます高まっています。
富山県中新川郡立山町にある建設会社・松嶋建設㈱の松嶋幸治さんは、1977年生まれ。祖父が起こした同社で、現社長である父を専務として支えながら、複数の現場を施工管理している。
「小さい頃から会社(松嶋建設)がどんな仕事をしているかわかっていましたので、何となく『自分が継ぐんだろうなぁ』とは思っていましたね」
大学で土木を学んだ後、いったん県内の別の建設会社に就職して現場を経験し、20代後半で松嶋建設に入社した。
同社の所在地・富山県立山町を流れる常願寺川(じょうがんじがわ)はかなりの急流であり、上流にある立山カルデラの内部には、地震による山体崩壊で生じた、2億tともいわれる不安定な土砂が今も残っている。
江戸時代中期に起こった安政大地震に伴い、立山カルデラでは大規模な崩落が発生。カルデラ内部に溜まった土砂は、大雨のたびに土石流として下流域に流れ出し、大きな災害をもたらしてきた。 大正時代以降は国の直轄事業として継続的に砂防ダムの整備が行われており、同社もその建設工事や維持管理を手掛けている。
主に土木の現場に従事していた松嶋さんに、約6年前、大きな転機が訪れた。
立山カルデラ周辺の地盤は火山灰が堆積した土砂のため崩れやすく、関係者以外の立ち入りが禁止されている「危険区域」。しかし下流で工事を行うには、事前に現地の状況を把握しておく必要がある。
「事前調査をするに当たって、人が足を踏み入れられないような山奥の危ない場所を安全に調べるには、無人機を飛ばすしかありません。それがドローンを使おうと思ったきっかけです。もし平地の工事ばかり担当していたらドローンは扱ってなかったでしょうね」
最初はおもちゃ同然のラジコンを買ってくるところからスタートして、徐々に本格的な機体を導入していった。
「2015年に首相官邸の屋上にドローンが落ちる事件があって、世の中にも『ドローン』というものが知れ渡ったと思うんですけど、私はそれよりも少し前から目をつけていたんです」
「ドローンパイロットと名乗っていますが、本業はあくまで管理の仕事。その一環として、撮影や測量にドローンを使っている、ということです」
そう強調する松嶋さんだが、この5年間で揃えた機体の種類や数の豊富さを見ると、やはり力の入れ方が伝わってくる。
「現場というのは地上レベルで見ていてもなかなか全体像を把握しにくいもの。広くて周囲に高い建物がない土木の現場だとなおさらです」
広大な現場も空から撮影すれば一目で現況がわかるし、2人が数日がかりで行っていた測量も1日で終わる。
「松嶋建設のドローン事業」は町内でも知られており、町の観光PR用映像を手掛けたり住民の前で飛行デモを行ったりと、地域貢献にも寄与している。
この仕事で大変なところについて聞くと、
「今は事前申請もネットでできるようになったし、世間的にも認知されているのでだいぶやりやすくなっています。飛ばす時に気を付けているのは、落下させないことはもちろんですが、電線などの障害物に注意することと、万が一制御不能に陥ったときに一番安全な場所に落下させること。機体が壊れても、人や車などに絶対当てないようにします」
ドローンの最大の弱点は、何といっても「風」。機体が軽く、上空ほど風が強いので、影響をもろに受けてしまう。
「風の場合は諦めもつくんですけど、判断が難しいのは雨ですね。ドローンは精密機械ですし水に弱いので、普通は少しでも雨が降ったらNG。ただ、小雨程度なら何とかなる。現場は毎日形が変わるので、『今日、この状態を撮影しておかなきゃ』という状況で小雨がパラついていたりすると、飛ばすべきかどうか悩ましいですね。仮に雨で機体が壊れたら高額な修理代がかかります。でもその日の現場の状態を再現するのはほぼ不可能なので、無理してでも撮影しなければいけないこともあるんです。」
普及が進んでいるとはいえ、建設業界ではまだまだ歴史の浅いドローン。ほとんどノウハウもない状態で始めた松嶋さんにとって、当初は手探りの連続だった。
「3年程前、『ドローンで測量ができる』と聞いて、最初はとにかくネットでたくさん調べたんですが、どうも信頼性に欠ける。それで、実際にドローンを使って測量をやっている人を直接訪ねて話を聞いていたら、どうやら同じような想いの人が全国にいて、そういう人たちがつくったネット上のコミュニティがあることがわかったんです」
その名も「やんちゃな土木ネットワーク(YDN)」。日進月歩の新技術を積極的に取り入れたいが、実績が乏しく周囲に相談できる人もいない、そういう悩みを持つ各地の土木技術者が集い、有益な情報を交換するサイトだ。
「YDNに参加している会社(19社)は日本全国に散っているので、仕事が競合することもなく、SNSでリアルタイムの生の情報やノウハウをやりとりしています」
早い段階からドローンに着目・導入した松嶋さんは、建設業のICT(情報通信技術)に関しては先駆者といえる。ただ、思うように普及が進んでいないのも事実で、それを痛感する場面も多いという。
「例えば『ドローンで写真測量したら広い範囲もすぐ計測できる』といいますが、実際にそのデータを取り込んで解析するにはけっこう難しい手順を踏まなければいけないし、PCのスペックもそれなりのものを要求されます。『リモートで検査できる』といっても、映像のタイムラグが大きすぎてやりとりができなくなり、『これなら現地に行ったほうが早い』なんてことも起きます。なかなか一朝一夕には浸透しない技術かも知れません」
最近は、地元の小学校でドローンのプログラミングを教えることもあるそうだ。
「私にも中学生を筆頭に3人の子どもがいますが、彼らのように生まれたときから周囲にデジタルがあふれている世代になれば、今の技術でももっと有効に使われるんでしょうね」
松嶋さんは、ドローンに限らず、ICT技術の活用によって建設業がより便利に、魅力的になる未来を思い描いている。