令和の健人

新時代「令和」を担う技能者。
「令和の建人」は建設業のなかで重要な技能を誇り、その修練に努める次世代の人々を追う企画です。
多くの技能の中には受け継がれてきた人の想いが詰まっています。それらを掘り下げ、日々の仕事を記録すること。これらがきっと建設業にひとすじの光となり、新時代への道筋を照らすと信じて。
イメージ (提供:光洋重機建設㈱)
第13回

「残らなくても、欠かせないもの」をつくる

桶川雄貴さん

杭打ち工(重機オペレーター)
道路、橋梁、鉄道路線などの土木構造物や、高層ビルなど建築物の本体構造物を施工する際に、土留め壁や仮締切り、仮設構台などといった仮設構造物の機能を確保することは、工事を進めていくうえで非常に重要です。
例えば、仮設の杭や板を土の中に打ち込み、作業エリアを囲むことで、内部の土砂崩壊や浸水を防ぎます。打ち込む部材には、鋼管・H形鋼・鋼矢板など様々な形状があり、この「土留め壁」のおかげで掘削などの作業を安全に進めることができます。
内部の作業が終わったら掘った土を埋め戻し、打設した杭などは引き抜いて撤去します。
杭打ち工は、現場の状況・環境に合わせて杭の形状を使い分け、クレーン・杭打機などを操縦して打設・撤去を行う仕事です。

19歳で、父が勤める会社に就職

杭打ち工・桶川雄貴(おけがわ・ゆうき)さんは、1983年神奈川県横浜市生まれ。高校卒業後、友人の紹介で建設関係の仕事をしていたが、その後、光洋重機建設㈱で重機のオペレーターをやっていた父に声を掛けられ、自身も同じ会社に入社した。

もともと現場の仕事に興味があった?
「父に影響を受けたとか、そういうわけではないです。とりあえず何か手に職をつけようと思って工事関係の仕事をやっていたんですけど、どうも自分に合っていない気がして…。その時、父に『よかったら、ウチの会社に来てみないか?』と言われたんです」

光洋重機建設は、主に土木の現場で仮設の杭打ちを専門にしている建設会社。40人ほどいる社員のほとんどが建設機械の運転資格を持ち、重機も保有している。
「杭にもいろいろな種類があって、H型鋼とか鋼矢板とか、河川工事で使う桟橋とか。そういう様々な現場で杭の打設をやっている会社です」

イメージ「ウチの会社は土木工事がメインなので、高速道路や河川、橋の現場が多いです」
イメージ動かす前に、重機のエンジンを点検。
「これも安全対策の一環です」

広義では「とび職」、しかしメインは「杭打ち」

取材した現場では、前日までに杭打ち作業が終わり、当日は使っていたクローラークレーンの解体作業が行われていた。
桶川さんは地上でもう一台のクレーンのオペレーターと無線でやり取りをし、数名のスタッフが玉掛け(※1)をして、クローラークレーンのブーム(クレーンの竿の部分)を吊ったり降ろしたり、置く場所を指示したり…。やっていることはとび職に近い。
「広い意味では〝とび職〟ということになるでしょうね。でも足場を組んだり仮囲いを作ったりするわけではないので、建築のとびさんとは違います」

イメージこの日解体していたクローラークレーン。
このままでは大きすぎて搬送できないため、パーツごとに分解していく。
イメージクローラークレーンのブームの一部を取り外して吊り下ろす。
もう一台のクレーンのオペレーターとは無線と手の合図で交信する。

※1玉掛け…重量物をクレーンなどで吊る際に、フックを掛けたり外したりする作業のこと。「玉掛け作業者」の国家資格が必要。

橋脚・橋台などの構造物をつくる場合、まず地面を5~10mほど掘削して土台となる基礎を構築する。その基礎工事の間、周囲の土が崩れてこないように押さえる壁(土留め壁)が必要となる。この土留め壁のための杭や鋼矢板を地面に打ち込むのが、桶川さんの日常の仕事だ。
「地面の下なので見えづらいですし、ほとんどの場合は仮設なので、構造物がある程度できた時点で引き抜くことになります。なので、成果としては残らないんです」
仮設とはいえ、彼らの仕事が他の作業の安全を担う重要な工程なのは言うまでもない。これもまた、現場を支える「縁の下の力持ち」だ。

イメージ
イメージ都内、地下鉄出入口の改良工事の現場における、土留め杭打設作業。
長さ約18mの鋼矢板をクレーンで吊り、
クラッシュパイラーという専用の重機で土中に圧入する。
当現場は鉄道施設のため作業を夜間に行うことも多く、
騒音・振動にも特に配慮が必要。(提供:光洋重機建設㈱)

意識を根底から変えさせられた過去の現場

これまでに赴いた現場で、印象に残っているのは?
「横浜の自動車道路の現場です。1日に少しずつしか作業ができなくて、足掛け2年間通っていたんですけど、そこの所長さんが今までにないくらい安全に厳しい方だったんです。『これくらいはOK』という目安や基準が人それぞれにあると思うんですが、それまで自分なりに経験を積んで自信を持っていた安全に対する基準が全否定された感じでした」

労災防止、事故防止のために、保護具や安全装備着用が全員に義務付けられているのはもちろんだが、それでも危険が伴いがちなのが工事現場。ルールをどこまで遵守するのか、その温度差は現場ごと、所長ごとに微妙に異なる。

「どんなに些細なことも、とにかく見逃さない所長さんで、常に高いレベルを求められていました。だから、抜き打ちでいつ見回りに来られても慌てることがないように、日頃から安全面に細心の注意を払いながら作業をしていました」

最終的にその現場では、工事において積極的に安全対策に取り組んだ者に贈られる「安全表彰」を授与され、桶川さんのなかでの安全の意識も高まった。
「嬉しかったですね。メチャクチャ厳しい方でしたが、ちゃんと見てくれてたんだ、と。その時の安全基準が、今でも自分の中で生きています。業界全体でも、一人ひとりがやらされているのではなく、率先して安全を心掛けるようになっていると思います」

工事現場では、ここ十数年の間に安全に対する考え方も変化し、元請社員や職人それぞれが事故を未然に防ぐために心を砕くようになった。
「人間関係を大事にするようになったということでもあると思います。同僚はもちろん、元請さんだったり、同じ現場で働く他職さんだったり、限られた期間とはいえ一緒に働く仲間なので。誰だって、仲間がケガをするのは見たくないですからね」

イメージ作業中の何気ない会話の時でも、安全面のチェックは怠らない。
イメージ重いものを接地させるときは特に注意する。
「過去に一度だけ〝ヒヤリ・ハット〟(※2)を経験しました。
『あ、事故ってこういう風に起こるんだな』と思いましたね」

※2ヒヤリ・ハット…重大な事故や災害につながりかねないミスや手違いのこと。

同じ職場の父との関係

同じ会社で、今も現役のオペレーターであるお父さんとはどんな関係?
「同じ仕事なので、実家に帰った時はよく話しますよ。たぶん、世の中の『親父と息子』よりはずっと仲がいいと思います(笑)。それこそ10代の頃なんて口もききませんでしたけど、仕事をやっていくうちに『親父、こういう時に苦労したのかな』とか、だんだん理解できるようになった気がしますね」

イメージお父さんと同じ現場に出ることもあるが「一緒の現場はちょっとやりづらいです(笑)」

自分次第でレベルアップできる仕事

すでに20年近い現場経験を重ね、職長という立場でもある桶川さん。これから建設業界を目指す人にも、もちろん期待している。

「もともと機械が好きだったのもありますけど、自分としてはこの世界に入った時から楽しさしかないです。現場によって工法も動かす重機も違うからいろいろな経験ができるし、新しいノウハウを覚えたらそれだけ引き出しが増えることにもなるので。年齢に関係なく自分のがんばり次第で上にも行けるし、ちゃんとやっていれば評価してもらえる職場でもあります。この仕事のよさを、後輩にも伝えていきたいですね」

イメージ「一番大事なのは責任感ですかね。どんな仕事でもそうですが、人間関係が基本なので」