令和の健人

新時代「令和」を担う技能者。
「令和の建人」は建設業のなかで重要な技能を誇り、その修練に努める次世代の人々を追う企画です。
多くの技能の中には受け継がれてきた人の想いが詰まっています。それらを掘り下げ、日々の仕事を記録すること。これらがきっと建設業にひとすじの光となり、新時代への道筋を照らすと信じて。
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第20回

必ず運び上げる。「資材」も、「仕事」も。

土橋優貴(どばし・ゆうき)さん

揚重工
エレベーターを使って、各階で使用する様々な建設資材(以下、資材)・道具・機械などを運び、指定された作業場所まで届ける仕事です。(クレーンでは、完成したフロアには資材を積み下ろしできないため。)運送会社などによって現場に搬入されてきた資材をいったん預かり、各階で作業が行われる最適なタイミングを見計らってエレベーターで運び上げ、届けます。そのため、最盛期には20種類以上にも上る全工種の作業予定と進捗状況を把握し、また突発的な事態にも柔軟に対応することが求められます。オフィスビルやタワーマンションなど、高層建築の現場では欠かせない職種となっています。

ファッション業界から異例の転身

土橋優貴(どばし・ゆうき)さんは、1986年北海道生まれ。その経歴は、少し意外なものだった。
「地元の高校を出たあと、大学で『ファッション・マーチャンダイズ(商品化計画)』を専攻しました。卒業後は、アパレルメーカーに勤めていました」
畑違いの建設業界に転職したのはなぜなのだろうか。
「単純に、もっと稼げる仕事がしたいなと(笑)。今の会社の募集要項を見たら『体力に自信のある方、コミュニケーションを取れる方歓迎』と書いてあって。もともとサッカーをやっていて体力はある方なので、やってみようかなと思いました」

イメージ勤務先は、建設現場に様々な職種を派遣する会社。
「以前勤めていた会社を辞めたのは28歳。迷いはなかったです」

「作業する場所に必要なものを届ける」という仕事

「揚重工」とは、具体的にどのような仕事なのだろうか。
「ビルがある程度建ち上がったら、『ロングスパンエレベーター』という作業用の仮設エレベーターが設置されます。また躯体が完成したら、今度は本設のエレベーターができます。そういうエレベーターを使って、現場に届けられた資材を各階にデリバリーする仕事ですね」

ビルの建設中、できあがった各フロアでは設備工事・電気工事・内装工事などの細分化された作業がそれぞれ異なる協力会社の手で行われる。その作業に合わせて、必要な建材・資材や道具類などを各階の作業箇所まで送り届けるのが揚重工の役割だ。
「ひと昔前は、各作業の職人さんが自分で資材を運んでいたそうです。でも、その作業の専門職なのに、『ひたすら物を運ぶ』ことに手を取られていたらムダですよね。その人にしかできない仕事に専念する方が効率が良い。それで、スムーズに作業ができるよう、僕らみたいな“荷揚げ専門”の仕事ができたって聞いています。今では高層ビルの現場には、どこにでも必ずいる職種ですね」

イメージビル建設中に用いられる仮設の「ロングスパンエレベーター」。
積載荷重は約1tで、資材や十数名の人員を各階に運ぶことができる。
(提供:鹿島建設㈱)
イメージ運送会社などのトラックで現場に搬入された資材を預かる。
この資材をどう差配するか…。ここからが揚重工の範疇となる。
イメージ届いた資材を、いったん仮置場に運ぶ。
フォークリフトの操縦は、この仕事では不可欠だ。

ただ「間に合わせればいい」わけではない

数多くの協力会社が入れ代わり立ち代わりで作業しているなか、どうやって的確に資材を運び上げているのだろうか。
「基本的には、1カ月前から他の協力会社さんたちとスケジュールを確認して、どの週のどの期間、どのフロアのどこで何の作業をする…という予定を組みます。その作業の少し前には現場に資材が届くので、それを荷受けしていったん仮置きし、一番良いタイミングでそのフロアに運びます。難しいのはこの“タイミング”です。現場に届いたからといって、すぐに持っていけばいいものではなく、各階とも作業スペースは限られているので、上げるのが早過ぎると他の作業に支障を来(きた)してしまう。場合によっては、諸事情で予定より作業が遅れていることもあるので、その都度調整が必要になります」

多い時は、20~30社もの協力会社がそれぞれの専門工事を受け持つ大規模な現場。揚重工は、まさにその現場を支える「縁の下の力持ち」だ。

イメージこの日届いた養生材を、作業フロアで引き渡す。
各工事会社にとっては、資材がなければ仕事にならないので、ビル全体に「仕事」を配達しているようなものだ。
イメージ作業中のフロアに置かれた資材の数々。
それぞれの物量が大きく、無計画に置いていけばその階での作業ができなくなってしまうため、
作業の妨げにならないように配慮して運び込まなければならない。
(提供:鹿島建設㈱)

それぞれのキャラクターを生かせる仕事

この現場で働く揚重工は、土橋さんを含めて8名。いくつかの職分に分かれているという。
「フォークリフトで重いものを移動させる『フォークマン』。フォークリフトで仮置きしたものをエレベーターで階上に上げる『荷捌き』。エレベーター自体を管理する『オペレーター』。各階で作業する場所まで届ける『間配り(まくばり)』。あとは、配送車の搬入時間が道路状況で前後してしまうことがあるので、それを現場のガードマンと調整して誘導する係もいます。なので、僕みたいにコミュニケーションを取るのが得意な人も、そんなに得意じゃない人も、それぞれの分野で活躍できる仕事だと思います」

仕事の種類も数多い揚重工のなかでも、土橋さんの役割は何に当たるのだろうか。
「僕はどれでもできるので、原則としては全体を見渡しつついつでもサポートに入れるようにしていますね。普段は各フロアを見て回って、いろいろな作業の進み具合を観察しているんです。『この会社はいつも早めに仕事を終わらせるな』とか、『ここの作業は少し遅れ気味だな』とか。それが荷揚げをするタイミングの参考にもなります」

イメージ「現場は“生き物”なので、常に状況が変わります。
予定外のことにどう対応できるかがこの仕事の大事なところです」

達成感、そして人との出会い

揚重工としての仕事の醍醐味は、どういった点にあるのだろうか。
「やっぱり達成感ですかね。『俺はこのビルの建設に携わった』と胸を張って言えるのは、この仕事ならではじゃないですか。あとは、いろいろな道のプロフェッショナルが集まっている職場なので、そういう人たちとつながることができるのも、他の仕事にはないことですよね。現場の職人さんって、“ちょっと怖そうな人”みたいなイメージを持たれることもありますが、実際はものすごく繊細でミリ単位の調整もおろそかにしないようなすごい技術の持ち主なんです。そんな人たちと腹を割って話せるのも魅力だと思います」

イメージ様々な“不測の事態”で、スケジュールは常に動く。
急な連絡が入って段取りを変更せざるを得ないこともしばしば。
予定どおりに荷揚げできない時こそ、揚重工の腕の見せ所だ。
イメージ現在勤めている地上21階建てビルの前で。
このような高層の現場でこそ、「揚重工」の職能が活かされる。