令和の健人

新時代「令和」を担う技能者。
「令和の建人」は建設業のなかで重要な技能を誇り、その修練に努める次世代の人々を追う企画です。
多くの技能の中には受け継がれてきた人の想いが詰まっています。それらを掘り下げ、日々の仕事を記録すること。これらがきっと建設業にひとすじの光となり、新時代への道筋を照らすと信じて。
イメージ
第21回

吊って、組んで、解体して…現場作業の根幹を支える

麻生博文(あそう・ひろふみ)さん
小泉宏策(こいずみ・こうさく)さん

鳶職
オフィスビルや高層マンションなどの建設現場において、クレーンで吊り上げた鉄骨の柱や梁をボルトや溶接などで接合して、建物の骨組みを組み立てていくのが主な仕事です。名前の由来は諸説ありますが、「高いところを“飛び”回っていたこと」や、「鳥の鳶(とび)のくちばしに似た“鳶口”という道具を常用していたこと」などが「鳶」の語源と言われています。高所作業だけでなく、建設資材などをクレーンで吊り上げる際の「玉掛け」、クレーンオペレーターへの指示、更にタワークレーンの組立・解体、仮設事務所の建て込み、足場や仮囲いを組むなど、建設現場のあらゆる作業を足元から支える、必要不可欠な職種です。

きっかけはあの伝説のテレビ番組

麻生博文(あそう・ひろふみ)さんは千葉県生まれ、37歳。地元高校を中途退学し、地元の建設会社の門を叩いた。
「小さな会社だったので、毎日千葉県内の小規模な現場に行くという感じでした。16歳でこの会社に入りましたけど、『18歳未満では高所作業はさせられない』と言われて…。なので、高所作業も含めた鳶の仕事全般を行うようになったのは18歳からです」

建設業界を選んだ理由はどういったものだったのか?
「昔、NHKで『プロジェクトX』(※)って番組があったじゃないですか。あれで霞が関ビルとか東京タワーの建設の話を見て、『鳶カッコいいな』『これからは鳶だろう』って思って(笑)」

※「プロジェクトX ~挑戦者たち~」は、2000年から2005年までNHKで放映されたドキュメンタリー番組。戦後から高度経済成長期にかけての様々な難関プロジェクトなどに挑んだ当時の企業や技術者にスポットを当て、人気を博した。

イメージ現在麻生さんは、千葉県船橋市内で自分の会社を構える。
「32歳の頃に法人になって、今年で4年目です。社員は13人いますね」
イメージいわゆる鳶職の“正装”。
墜落事故を防ぐため、安全帯はフルハーネスタイプが義務化されている。
ゆったりとしたズボンには、「足を動かしやすい」「危険物に直接触れない」
「下から見ると、はためき具合で風の強さがわかる」などの理由がある。

新築現場で言われた一言「鳶なのに、できないの?」

もう一人、小泉宏策(こいずみ・こうさく)さんは神奈川県出身の35歳。
「僕も高校を途中でやめて、最初に働いたのは地元の建設会社でした。そこは改修工事がメインの会社で、同じ鳶職といってもビルの外側に足場を組む仕事がほとんどの『足場鳶』でした」

何でもやるのが鳶職ではあるが、そのなかでもいくつかの種類があり、足場を組むのが専門の「足場鳶」や、重さが数トンもある重量物を建物に搬入するのが専門の「重量鳶」、鉄骨建方に欠かせない「鉄骨鳶」などがいる。

「その改修工事の会社で1~2年ほど働いて、そこそこ自信が付いた頃、たまに応援で新築工事の現場に呼ばれて行くことがあったんですが、そこでは全然勝手が違うんですよ。その時は耐震ブレースを設置する工事だったんですけど、やったこともないから手順も何もわからない。でも呼んだ側からすれば『鳶なんだから、できるでしょ?』と。そこで『鳶って足場だけじゃないんだ』と初めて思い知りました。その後、改修だけではなく様々な工事を行う東京の会社に転職しました」

イメージ小泉さんは東京の建設会社に勤めていたが、半年前に独立。
「まだ社員は少なくて3人だけですが、環境を変えたくて自分の会社を起こしました」
イメージ「介錯ロープ」と呼ばれる綱を手で引き寄せ、鉄骨梁の動きをコントロールする小泉さん。
「ここでの仕事は『鉄骨鳶』ですけど、『何でもできるのが鳶』という自負があるので、 あえて限定しないようにしています」

様々な現場経験が職人を育てる

麻生さんに、これまで経験したなかで印象に残っている現場を聞いた。
「超高層ビルの場合、大抵1階から5階あたりまでは吹き抜けがあったりして階高もまちまちですが、6~7階あたりからは『基準階』といって同じ高さ・同じ構造のフロアがずっと続くんです。そうすると大体やることも同じだから、作業もルーティン化されていきます。でも、大手町のあるビルでその『基準階』が少ない現場があって、その時は大変でした。まぁ、つくる側としては面白さもありましたけれど」
地上200m、33階建てのそのビルは、オフィスだけでなく内部に診療所や多目的ホールも備えた複合施設。最上階は、巨大な鉄骨をトラス(三角形)状に組む「メガトラス」と呼ばれる構造を採用していた。
「同じ現場は一つとしてない」のが建設業界の常識とはいえ、最前線で積んだ経験は様々な局面で役立つに違いない。

イメージ
イメージ麻生さんのこの現場での役割は、地上からタワークレーンのオペレーターに指示するというもの。
タワークレーンの操縦席からは地上が直接見えないため、
麻生さんからの無線連絡が、オペレーターにとっての作業のよりどころとなる。
イメージ工事中、地上部は多くの建設資材の仮置場となる。
これらを他の作業の妨げとならないように整理したり、
必要な時にスムーズに出せるように手配したりするのも鳶職の役目だ。

まさに「現場の女房役」

小泉さんの、この現場での役割はどういったものなのだろうか?
「僕は基本的にずっと上にいて、鉄骨の取付けをやっています。ここ数年は、鉄骨の現場がほとんどです。ここではタワークレーンが3基あるので、10人一組の3チーム、合計30人の鳶で鉄骨建方をやっています」

鉄骨建方が最盛期のこの現場では、常に40~50人の鳶職が働いており、鉄骨以外にも足場やクレーンの組立・解体など、いろいろな作業に従事している。
文字どおり、現場内のありとあらゆる作業は鳶職の仕事の上で成り立っていると言える。

イメージ鉄骨を建て込んだ後も、落下防止のネットをかけたり、 親綱(安全帯をかけるためのロープ)を張ったり…。
鳶職の仕事は多種多様。
イメージ鉄骨建方や仮設構造物のプロである鳶職は、元請会社からも頼りにされる存在だ。

風との戦いを制する

鳶職の仕事で特に大変なところを麻生さんに伺った。
「風の影響をもろに受ける仕事なので、そこが一番気を付けるところです。朝から強風が吹いていたら作業中止の判断もあり得ます。あとは、それまで安定していたのに急に風が強くなるのも困りますね。ビル街だとその分“ビル風”も増えるので、思わぬ方向から風が吹いてくることもあります」

重い鉄骨が風にあおられたら、高いところで作業をしている鳶職が危険にさらされてしまう。
安全のためには「上げない」勇気も求められる。

イメージ「地上と上階で風の強さが違うこともあるので、見極めが難しいです」(麻生さん)

最後に決めるのは自分

経営者として、人材確保での苦労も多いのでは? お二方に聞いてみた。

「普通に募集して、たくさんの人が入ってくるような業界ではないので、人の紹介とか知り合いとか、そういうつながりで社員を入れています。独立した今は、行きたい現場を自分で選べるのが良いですね」(麻生さん)

「誰でもそうだと思いますが、これだけ大きなビルの建設にかかわって、それができあがったら達成感もすごいので、これを味わったら楽しくなりますよね。あとは、何でも自分で考えて動ける人はこの仕事に向いていると思います」(小泉さん)

イメージ若手の職人に指導する場面も多い。
「今は“見て覚えろ”の時代じゃないので、教えっぱなしにならないように気を付けています」
イメージ他の会社、他の業種とのかかわりも多い鳶職には、コミュニケーション能力も不可欠だ。
イメージこの現場にあるのは3基の「タワークレーン」。
建物ができあがっていくにつれてどんどん高くなっていく。
このタワークレーンの組立・解体も鳶職の仕事だ。