令和の健人

新時代「令和」を担う技能者。
「令和の建人」は建設業のなかで重要な技能を誇り、その修練に努める次世代の人々を追う企画です。
多くの技能の中には受け継がれてきた人の想いが詰まっています。それらを掘り下げ、日々の仕事を記録すること。これらがきっと建設業にひとすじの光となり、新時代への道筋を照らすと信じて。
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第23回

壁を乗り越え、いつかは寺を建てる棟梁に

佐藤果也(さとう・かなる)さん

宮大工
日本古来の伝統技術で神社仏閣を建てる専門職。木材の特徴を最大限生かし、釘などの金物をほとんど使わず、木材を組み合わせて建築物の骨組みを作ることで、何十年、何百年後まで建物を長持ちさせます。また、一般的な大工とは異なる古くからの伝統的な技術が必須なため、後継者不足が懸念されており、現在では宮大工を育成する塾を開校する会社もあります。木は温度・湿度の影響を受けやすいため取扱いが難しく、また重要文化財や国宝の修復などにも携わるので、建築だけでなく歴史や宗教学などに関して幅広い知識が求められる場合もあります。

モノづくりが身近な環境で育つ

佐藤果也(さとう・かなる)さんは、東京都武蔵村山市生まれで今年22歳。幼い頃から宮大工の仕事にあこがれていたという。

宮大工を目指したきっかけは?
「理由は自分ではっきり覚えていないのですが、小学校の卒業文集に、『将来は宮大工になりたい』って書いてるんですよね。父親が金属加工の会社をやっていて、母方の伯父さんが大手建設会社に勤めていて、あと祖父も自動車整備の仕事をしていて、ものづくりに対するあこがれ…今思えば、そういう周りの人たちの影響なのかな、と」

地元の普通高校を卒業後、東京都北区にある専門学校・中央工学校に進んだ。
同校の木造建築科では、その名のとおり木造建築の知識や技術、日本の伝統建築に関する匠の技などを身につけることができる。

「ノコギリやカンナの使い方、あとは木造技能実習とか設計製図を学びました。実習では棒隅木(ぼうすみぎ)を実際に組んだりしましたね」

「棒隅木」とは、一般的な日本建築の直線的な屋根の部分を組み上げる基本的な構造。ここでの2年間で、木造建築の基礎を学んだ。

イメージ「中央工学校には、松本先生(※)という宮大工の方が講師として来られていて、伝統工法についても教わりました」
※松本先生…宮大工の松本高広氏。(有)松本社寺建設代表。
イメージ佐藤さんが卒業した中央工学校。木造建築科を卒業すると、二級建築士の受験資格を得ることができる。
「一般的な構造計算の授業もありました。今は仕事が忙しくて私は資格試験をまだ受けることができていないのですが…」
(提供:中央工学校)

一般住宅と寺社の建築の違いとは?

佐藤さんが現在勤めているのは、埼玉県新座市にある「満行寺」の本堂新築工事。まさに宮大工の「匠の技」が発揮される現場だ。元請は飛鳥時代から続く宮大工の会社・㈱金剛組。佐藤さんは㈱金剛組の専属宮大工、「北野組」の一員として木工事の作業に従事している。

「現場に来てみると、学校の授業で聞いていたのとはぜんぜん違うことばかりでした」

一般の木造住宅との違いを感じる部分は?
「やっぱり“反り”があるところですかね。まっすぐな木を切り出すよりずっと難しいし、同じ反り方で何本も作らなければならないので」

もちろん設計図にも屋根の“反り”が描かれているが、それを実際の材料からどのように削り出すか、その現寸図を書くのは経験を積んだ一人前の宮大工にしかできない仕事だ。

イメージ寺社建築ならではの、ゆるやかに反り返った屋根の隅木。
下地となる木材は、一本の木から曲がった材料を削り出す必要がある。
イメージ満行寺本堂。前の本堂は江戸時代に建立されたが、 地震・台風などで損傷がひどくなり、再建することになった。

加工センターと現場に通う日々

本堂を構成している部材は、すべて現場で加工しているのだろうか?
「埼玉県の鶴ヶ島に金剛組の加工センターがあって、そこで“荒取り”といって大まかな大きさに削り出してます」

最終的な細かい仕上げは熟練の宮大工が行うが、“荒取り”という材料からの大まかな削り出しは佐藤さんが任されている。加工センターで荒取りして、木造りした部材はしばらくそのまま保管し、乾燥させ、その後現場に搬入。木材は乾燥などによって収縮して寸法が変わるため、現場でノミやカンナを使い微調整するのだ。

「一時期は、加工センターとこの現場と、半々くらいの割合で通っていました。バンドソーとか、直角を出すための加工機とか、割と大きな機械も使いますね」

イメージ鶴ヶ島市にある、㈱金剛組の関東加工センターにて。
「今のお寺で使う部材の加工を、1年くらい前からここでやっています」 (提供:㈱金剛組)
イメージ運び込んだ部材を、現場で更に微調整する。
立川徹副棟梁(右)の指導を仰ぎながら技を磨く毎日だ。

生木に「手形」?

“反り”の他に、宮大工として気をつけていることは?
「素手で木に触ると、年数がたった時に手形が浮き出てきちゃうんです。だから、作業中は必ず手袋をしてます」

一般住宅では、和室など以外で生木がむき出しになっている部位は少ないが、今回のような本堂では大部分で木がそのまま使われるため、素手で触れた箇所に手の油分が付着すると、後年になって手の跡が表出してしまうのだという。

イメージ木の表面に直接触れないよう、作業中は手袋を着用する。
イメージ加工センターでの作業。機械を扱う際は、手袋が巻き込まれる危険があるため素手で行う。
(提供:㈱金剛組)

「取り替えられない部材」

工業製品とは違い、木材はいわば「一点もの」だ。傷つけてしまったら取り返しがつかない。
「そこはもちろん、気を付けています。ただでさえ傷つきやすいものだし、へこんだら絶対に戻せない。すごく高価なものでもあるので…。初めて加工するときは緊張しましたね」

寺社では、主にどんな材料が使われているのだろうか。㈱金剛組の田畑陽一課長に最新事情を聞いた。
「現在、国産ヒノキを使うことが多いですが、満行寺様のように大径木を使用する場合には、カナダヒノキや米ヒバと呼ばれる外国産のヒバを使います。国産のヒノキではこんなにたくさんの部材を切り出せないという事情もあるので…。特に米ヒバは直径が大きくて変形にも強く、様々な部材を取ることができる。ヒノキとの相性もいいという特性があります」

イメージ先輩職人と「欄間(らんま)」の部分を仕上げる。
本堂はすでに上棟し、現在は内部造作を進めているところだ。
イメージ田畑課長とともに、できばえをチェック。
見えている天井の「格縁(ごうぶち)」には、 佐藤さんが組み立てた部材も使われている。

一人前の宮大工として目指すこと

宮大工になって約一年半、自分に足りないと感じる部分は?
「もう、全部ですね(笑)。木に関する知識も、現寸図を書くにしても、足りないところばかりです。用語も独特だし、まだ指示を受けて、それを理解するのがやっとというくらいなので…。でも、できなかったことができるようになったり、少しずつ任せてもらえる部分が増えてきたりすると達成感がありますね」

当面の目標は? 「やっぱり現寸図を自分で書けるようになりたいし、いつかはここのような本堂を自分の差配で建ててみたいですね」

イメージこの現場では、丸瓦と平瓦が一体化した「一体瓦」を使用。
瓦を葺くのは瓦葺専門の職人だが、宮大工として見識を広めておくに越したことはない。
イメージ道具は自分でそろえて自分で手入れをするのが基本。
「いつ『ここ、削っていいぞ』と言われてもいいように、刃物は朝一番で研いでます」