「仕事と家庭を両立する」
大平静莉華さん(2015年入社)株式会社大迫
左官(さかん)
建物の仕上げ工事で土や素原料を施工現場で調合し、塗りつけていく仕事です。もともとは芸術的な建造物の造形を担ってきましたが、最近は塗装、ブロック壁装、張り床などの仕上げ工事のための下地造が多くなっています。
近年は自然素材が見直され、外壁だけではなく住宅や店舗の内装にも多く施工されるようになりました。
沖縄での出会い
今回取材に応じてくださった大平静莉華さんは、高校3年生の時に地元沖縄で開催された企業説明会で株式会社大迫の説明を聞いたのが入社のきっかけだという。
「道具はテレビなどで見たことはありました。しかし、最初は左官業という職種がいったいどんな仕事をするのか全くわかりませんでした。実際、建築工事のどの部分のどんな作業をしているのかは全く知りませんでしたが、話を聞くうちに興味を持って、入社しました。」
(株)大迫は所在地の東京だけではなく、日本各地で採用活動を積極的に行っている。
特に大平さんが入社した年から沖縄と九州と東北での採用活動を積極的に行っていた。
「左官業といってもかつてのようにモルタルを使って仕上げ面をつくるという作業はほとんどないです。現在はコンクリートを打った後、タイルや塗装をする前に補修材を塗って下地を整えるという作業を行っています。次の工程がある作業なので丁寧さや精密さが要求されるのですが、全般的に女性はそういった作業が上手ですね。」
営業部の津谷一安部長は女性技能者を多く育てている中で、建設現場で不利なことが多いと言われる女性が、逆に得意としているところを見つけ、引き出し、伸ばす指導をしている。
「具体的な数値は特にないのですが、女性が入ってる現場のほうが効率が上がってるという声が多いですね。全員で頑張ってるんです!と主張されますが(笑)。辞めずに残ってくれるのも女性が多いので、現在120名ほどの従業員がいますが約1割が女性です。」
仕事への意識、安全への意識
現在、大平さんは入社3年目。
男性が多い建設業への就職にご家族などの反対はなかったのだろうか。
「家族に『左官がいいのでは』と言われました。とびの職業がかっこいいと思っていたのですが、左官をすすめられてこの職業を選びました。」
少女のように目をキラキラさせて話しているが、工程やその仕事が果たす役割をきちんと理解しつつ、家族の話にも耳をかたむけて選択するという本人の意志がしっかりと伝わる話だった。
建設現場は安全に配慮された様々な設備や技術が導入されているが、気を抜くと大事故になりかねない環境であることには間違いない。
「左官屋も危険には変わりないですよね。建設現場には足元にいろいろなものがあり、最初のうちはよく転んでいました。もう傷だらけです(笑)。でもそういう感覚が最初のうちに養われたので、今はあちこちに気を配りながら作業できます。」
働くママの心強いサポート
取材現場はマンションの新築工事現場。
取材当日もあちこちで様々な工事が進行していた。
この現場には現場事務所とは別棟で「ストロベリーハウス」と呼ばれる女性専用の更衣室やトイレが完備されている。
「私も時々このストロベリーハウスで着替えなどをします。トイレは女性専用なのが本当にありがたいですね。」
大平さんのように実際に使用する女性技能者の評判も上々だ。津谷部長は協力会社としての立場で評価者としての一面も持つ。
「この現場の元請会社では、女性専用の控室やトイレなどの整備状況を点検項目に入れたパトロール点検表を作成し、それを基に協力会社が現場パトロールをするという活動を行っています。設備不十分で『×』としてきた今までのパトロール結果が反映され、この数年で女性技能者にとっての環境は格段に良くなりました。
また、この現場では「朝礼免除制度」があるという。
この制度は、朝、お子さんを保育園に送ってから来ると朝礼に間に合わないという声から生まれた。朝礼に参加できなくても専用のKYシートでの確認だけで現場に入ることができるというもの。働く女性だけではなく、育児に参加する男性にとっても心強い環境といえる。
大平さん自身、この「朝礼免除制度」を利用するママという一面も持っている。
仕事と家族を大切にする想い
大平さんは現在同じ現場で職長をつとめている旦那様と結婚し、昨年お子さんを出産、今年の4月に復職した。
「職長は車で来て、私は子どもを保育園に送り届けてから電車で現場まで来ます。帰りは一緒に車で子どもを迎えに行きます。子どものことは、2人で分担してやろうと決めています。子どもにごはんをあげる、お風呂に入れるというのはだいたい主人がやってくれます。たまに寝かしつけもやってくれるので、やらなければいけないことが多い時などは本当に助かります。」
大平さんご夫婦が共同で育児をしている姿だけではなく、子どもを中心にしながらも夫婦お互いの時間を大切にしていることがわかるエピソードだった。
自分の時間を少しでも持つことが育児をする際には必要だという。
これは子育てを経験したことのある人であれば、男女問わず感じることだ。
それを同じ職場で働きながら思いやることができるというのは、決して環境だけではなく本人たちが仕事も家族も大切にしたいという想いを強く持っているからといえる。
仲間とともに
出産を経て、仕事に復帰する際に迷いや恐怖はなかったのだろうか。
大平さんに職場復帰の時を思い出してもらった。
「もう辞めちゃいたいな、と思ったことはなく、戻りたいという気持ちの方が強かったです。主人が同じ職種なので、産休中もかなり話はしました。やっぱり、この仕事が好きだから、ですね。体を動かすのは好きなので。女性だからといって不便も感じませんし、むしろ左官に関していえば女性の方が向いているような気がしますし。」
実際に作業を行う大平さんの動きはインタビュー時の朗らかな雰囲気とは異なり、きりっと引き締まったまなざしで力強い集中力を感じた。
3人から6人ほどのメンバーで現場に出ることが多いというが、組んだメンバーによってやり方は様々で、それぞれ作業工程ごとに役割分担をして行うこともあれば、一人で一カ所の作業を全工程行うこともあるという。
一方、「妊娠中もある程度の時期まで仕事をしていましたが、一緒にやるメンバーが仕事量調整や高所作業のない仕事への変更をしてくれたので、安全帯をつけない作業をすることができました。」と妊娠中の仲間とのきずなも話してくれた。
4年目の大平さんは「熟練の方々が多くいるので、私はまだまだです。」と謙遜しているが、チームには後輩もおり、コミュニケーションをとるなどしっかりと彼女の役割を果たしていた。
家庭と職場のバランス
いま、左官の仕事はマンションや住居など生活と密着した場所で必要とされている。
「住居の仕事が左官屋の主な仕事です。高層ビルなどのオフィスでは左官屋が入ることはほとんどありません。一方、一軒家などは高級感を出すことのできる珪藻土を使うことがあるので、熟練工の中には昔ながらの左官の仕事をそういった現場でやっている人も多くいますね。」と津谷部長は左官業の現在について語ってくれた。
このような仕上げの風合いをだす熟練工になるには10年ほど経験が必要とされるが、マンションなどの仕上げ材の下地補修においては5年ほどで一人前になるという。
大平さんも来年以降、様々な資格に挑戦し、スキルアップを図っていく。
「この会社は20代、30代だけで3割ぐらいの人数がいます。年齢が近いので技術的なことを話すことも多いです。現場経験が2年を超えると左官技能士2級の資格に挑戦することができますし、5年を超えると1級の受験資格が得られます。まずは2級の資格を取得したいですね。」と大平さんは将来の展望を話してくれた。
最後に「目指している人はいますか?」との問いに、迷わず「職長!」と答えてくれた。
旦那様である職長を超えたいと話す姿には、家庭と職場のいいバランスから生まれる余裕のようなものが感じられた。