優美な曲線を描く屋根や軒。人々のこころのよりどころとして建てられた神社仏閣は、何百年もの時の中で改修、建て直しが重ねられ、荘厳な姿を保ち続ける。そこには、それぞれの時代の宮大工たちの技と思いが込められている。 吹田市の吉志部神社でも、そんな先人たちの技と思いを受け継ぐ金剛組によって、社殿復興工事が進められている。 |
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「昔ながらのものづくり」の醍醐味を味わえる最高の仕事。 |
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現場に一歩入ると、すがすがしいヒノキの香りに包まれる。その一角で床板をていねいにはめ込んでいく高田篤史さん。宮大工になって4年目である。 |
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のみや鉋の使い方、刃物のとぎ方など、「先輩たちに尋ねれば教えてもらえますが、先輩たちの道具の使い方や手の動きを見たり、何度も失敗したりしながら、結局は自分でつかんでいくしかないと思ってます」と、いつも前向きだ。
そのために、高田さんは、「仕事を終えてからも、休みの日も、棚やイスや、何かつくってます」と、いつも木をさわり、木を刻んで、技を体得しようと心がけている。加工場で他の組の同世代の人たちと情報交換することも。
「先輩たちからこまかい指示が与えられるんじゃなくて、ほんの一部分でも、ある程度まかせてもらえると、ホントにうれしいです。まだまだ少ないんですけど」と、顔をほころばせる。「いつか、塔をつくる仕事に携わりたい」との大きな夢に向かって、黙々と腕を磨いている。
1986年生まれ。兵庫県出身。高校卒業後、2007年、金剛組専属宮大工8組の中の桝本組入社。 |
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「歴史の一部になっていく」。なによりのやりがいです。 |
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神社仏閣には一つとして同じものはない。昔は、宮大工の棟梁が設計も行っていたが、現在では、図面として残っているものはごくわずか。手探りの中での“設計”となる。地域に適した形態や建て方も考えなければならない。それだけに、専門分野だけでなく、幅広い知識が必要とされる。「どの現場も“初めて”の建物になるので、毎回、違うものを手がけられるのがおもしろい」と、設計士の木本久晴さんは、いきいきと話す。 |
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もともと、神社仏閣の屋根の曲線や軒などの意匠に魅せられ、この仕事を選んだという木本さん。「数百年後の人たちにも見てもらえる、歴史の一部になれること」が、一番のやりがいで、「言ってみれば、設計するたびに自分の夢がかなっているようなもの」と、毎回、大きな手ごたえを感じているようだ。「持てる以上の力を発揮したい。そのためには本物をたくさん見ることが大切」と、時間を見つけては、全国各地の神社仏閣を巡り、床下までのぞいて見て歩いている。
1981年生まれ。広島県出身。近畿大学大学院日本建築史専攻。2007年、金剛組入社。西大寺牛玉所殿大修復事業などを手がける。 |