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「働く人」=「WORKMAN」 建築の世界で働くさまざまな人を紹介していきます。


タイトル小鳥がさえずるみずみずしい自然庭園を抜けると、開けた視界の向こうに、庫裏風の東洋美術のミュージアム「大和文華館(やまとぶんかかん)」が見えてくる。第三回BCS賞を受賞した昭和の名建築だ。この建物が、50周年のリニューアル工事を終え、2010年10月、新たなスタートを切った。その工事を担ったのが中村さんだ。 タイトル

工事長の仕事は、現場のさまざまな人たちをまとめて、目指す建物を作り上げていくこと。しかし、今回のリニューアルは、これまで中村さんが手がけた仕事とはひと味違っていた。

なにしろ、こうした文化施設を手がけるのは、中村さんにとっては初めての経験。加えて、大和文華館という建物は、日本を代表する建築家・吉田五十八(よしだいそや)氏の著名作品のひとつだ。「リニューアルによって吉田氏の建築美が失われた、などということになると、取り返しがつかない」。中村さんは、大きなプレッシャーを感じたと当時を振り返る。

大和文華館のような芸術性の高い建物を手がける場合、「建物のコンセプト」をより深く理解することが、なによりもまず求められる。大和文華館のコンセプトは「自然を額縁に美術品を見る」。なるほど。館内に入ると、まず感じるのはやわらかな自然光。大きなガラス窓から見える樹木のグリーンが、美術品を美しく引き立てる背景となっている。

このコンセプトを現場の職人に浸透させながら、リニューアルの大きな二つの目的である「老朽化した部分の補修」と「耐震補強」を達成しなければならない。設計図上では見えなかった老朽化部分が、現場を見て初めて明らかになることもある。そうしたところを見逃さず、慎重に修繕やメンテナンスを行うという〝神経を使う作業〟が、中村さんに課せられた。

プレッシャーの中で現場に臨む日々。そんな中村さんを深く感動させた建築美のひとつが、講堂の壁一面に設えられた、アート作品のような「木組み」だった。
「何本もの木材を組み合わせた繊細な格子模様には、息をのみました。もうひとつ、木組みを施工した技術力にも感嘆しましたね。格子をよく見てください。1本ものの木を加工してできている。これだけ上質で大きな素材を、十分な設備のない時代にどうやって施工したのか。想像を絶する作業だったでしょうね」

だが、壁のリニューアル作業のため、木組みの一部を一度取り外さなければならなかった。設計図ではひとつの壁に過ぎなくても、こうした意匠こそ、美術館の〝決して失われてはならない価値〟。細心の注意をはらいながら格子を取り外し、工事が終わったあとは再びもとの姿に戻した。


「格子を取り外していくと、いまでは考えられないような精巧な施工ぶりが見えてきました。例えば、人が入れるか入れないかのわずかな隙間から釘を打ったとしか思えないような箇所など。知恵と工夫がなければできなかったことでしょうね」


美術館の建築美を代表する「壁の木組み」。中ほどにある幾何学模様は、そのデザイン性の高さから、ミュージアムグッズにも採用されているほどだ。この木組みを保持するため、経年による木材の反りを矯正するのも欠かせない作業だった。

わずかに残っていた50年前の図面を参考に、一つひとつ、手作業で格子を取り扱うという手間ひまかかる作業を行ったが、この経験が、美術館をさらに美しくする補修へと結びついた。

池の景色を眺められるバルコニー側を修復するとき、壁が想像以上に傷んでいることに気づいた中村さん。最初は単調なカラーのクロス張りだったが、施主担当者や設計担当者と協議した結果、この壁を新しく作り直し、講堂と同じ「木組みの壁面」にすることが、彼らから発案された。

それを受け、先人が作り上げた木組みを参考に、ほぼ同じものを再現し、バルコニー側の壁に施工。これによって、殺風景だった空間に木のぬくもりが注ぎ込まれた。「自然と調和する」という美術館のコンセプトとも見事に合致した。

美術館の顔ともいえる「なまこ壁」のような古き良きものを残すだけでなく、最新の技術を取り入れたリニューアルも行った。
「展示室正面は、中庭の竹林が見えるようガラス張りになっていますが、今回、枠の中にスチールの力骨(ちからぼね)を入れることでさらに強度を増し、一枚もののガラスの開放感を最大限に引き出しました。スポット照明にはLEDを採用。展示ケースは、高透化ガラスを使用しているだけでなく、展示物を取り外さず照明交換できるものを使っています」


中村さんの背後にあるのは、大和文華館の生みの親である近鉄の五代目社長、種田虎雄氏の銅像。クロスから木組みの壁に変更することで、この銅像にふさわしい空間が生まれた。


開放感ある展示室。「自然を額縁に美術品を見る」という美術館のコンセプト通り、外部の光と風景を館内に引き込んでいる。

鉄筋を張りめぐらす代わりに、床下に炭素繊維補強を施すことよって、必要な耐震性を確保した点も、現在の技術の成せる技。これなら、新たな鉄筋の増設によって、建物の外観を損ねることもない。

「リニューアルの醍醐味は何ですか?」。
この質問に、中村さんはこう答えた。
「昔の職人さんの匠の技や知恵を、時を超えて目の当たりにできるところでしょうね。便利な道具やコンピュータに頼る前に、よく考えること、知恵をしぼることの大切さを、再認識させられたような気がします」とうなずく。
リニューアルとは、建物の良さを引き継ぎ、次世代にまで残していくこと。空間が紡いできた歴史を維持しつつ、新しい価値をもたらすのも私たちゼネコンの仕事ですと、中村さんは締めくくってくれた。


エントランスから展示室に続く廊下。光沢ある床石には、現在では再現することがむずかしい「人造石研ぎ出し仕上げ」という高度な加工が施してあったため、あえて手を入れず、美術館の「古き良き部分」として後世に残すことにした。


建物外側のなまこ壁。平瓦の代わりに翡翠色のタイルが目地なしで細かく張られている点が非常に珍しい。今回、浮きが生じているタイルをすべてはがし、一つひとつ張り直した。


バルコニーの張り出した中庭。円形に敷かれた石畳や無垢石のベンチは、今回新たに作られたものだ。ベンチに座ると、緑のざわめきや澄んだ空気を感じることができる。

 

「大和文華館」
1960年、近畿日本鉄道(近鉄)の創立50周年を記念して開館した奈良の美術館。自然との調和に重きを置き、美術品とともに四季の移り変わりを堪能できる。奈良の風土と溶け合うような和の趣が特徴で、白壁となまこ壁の落ち着いた外観が訪れる人の目を引く。館内には、国宝や重要文化財に指定されている美術品が数多くあり、足しげく訪れるファンが絶えない。
場所:奈良県奈良市学園南1-11-6

 

中村 宏さんプロフィール
株式会社大林組に昭和61年入社。ビル、病院、マンションなど、数多くの現場に従事してきた。このたび、大和文華館改修工事の工事長として従事。