「大社造り」と呼ばれる日本最古の神社建築様式の御本殿をもつ出雲大社。
この千年以上の歴史をもつ由緒ある境内に庁の舎はつくられた。
それは出雲文化の伝承を、最先端の技術によって実現させた人々の
情熱の結晶といえる。
参道から本殿に向かって、左手前に位置する庁の舎。47mにも及ぶ大スパンの架構によるダイナミックな外観が訪れる人を迎える。側壁は「稲架(はで)」をモチーフにしている。
出雲大社は島根県出雲市にあり、伊勢神宮とならんで我が国で最も古くまた有名な神社の一つである。現在の本殿は1744(延亨元)年に造営されたもので、我が国最古の神社建築の形式の一つである大社造り(切妻造妻入りで入り口が一方に偏っている)の代表として国宝に指定されている。この本殿の高さは現在24mであるが、1248(宝治二)年以前には東大寺大仏殿より高い16丈(48m)あったと伝えられており、それを裏付ける巨木三本を束ねた柱が2000(平成12)年に八足門前で出土している。このように出雲大社には、古くから高い建築技術が存在し継承されてきた。
現在の出雲大社庁の舎は1953(昭和28)年5月に焼失してしまった木造の庁の舎を復興し1963年5月10日に竣工したものである。このため防火、耐震及び耐食性に優れた鉄筋コンクリート構造が採用され、プレストレスト(以下PS)及びプレキャスト(以下PC)コンクリート工法、HPシェル工法など当時の最先端の技術で施工されている。竣工時の庁の舎は主に宝物殿として使われていたが、現在では祈祷受付所として使われている。竣工後約50年も経過しているにもかかわらず、コンクリートなど建物に大きな劣化はみられず、当時の施工技術の高さがうかがえる。木造の神域に鉄筋コンクリートの建物を建てることは竣工当時としては斬新なものであったが、時間の経過によって深みと落ち着きが感じられ木造群と見事に調和している。
計画概要
所在地:島根県出雲市大社町杵築東195番地
建築主:出雲大社復興奉賛会
設計:株式会社菊竹清訓建築設計事務所
施工:大成建設株式会社
工期:1961年10月~1963年5月
階数:半地階 中2階
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構造:鉄筋コンクリート造
平屋建一部中2階
建築面積:457㎡
延床面積:631㎡
高さ:8.04m |
この建物の大きな特徴は、中に階段室をもつ周囲16mの巨大な二本の柱とその柱をつなぐ47mスパンの二本のI型PS梁(梁成1・8m、幅0・4m)である。この二本のI型梁には、ポストテンション式・PSコンクリートによるフレシネー工法という当時の最先端の技術が使われている。ピン接合であるというこの梁と柱には、かつての出雲大社本殿の高さに対する「技術」が水平方向に置き換えて表現されている。当時は出雲地方の道路は整備が十分ではなく、また敷地に重機を入れることも難しかったという。このため工期は、1961年10月から1963年5月の18カ月間と長くかかった。その工程の映像は、大成建設によって大切に保存されておりその状況がよく分かる。
まず型枠配筋後、複数のPC鋼線を入れるシースを型枠内の決まった位置に配置して両端を固定し、束ねたPC鋼線を挿入する。それぞれのPC鋼線は直径5cm程でそれほど太くはない。挿入が終わると、固練りのコンクリート(スランプ値8cm)を梁全体に振動を与える特注のバイブレーターで締め固めながら打ち込む。十分なコンクリート強度がでると型枠を外し、梁の中を通っているPC鋼線の一方の端を固定し、他方にジャッキをつけてオイルポンプを使って強く引っ張ることによってプレストレス導入を行う。最後にPC鋼線の通っているシースにセメントミルクを注入し栓をする。それはまるで橋をつくるようである。当時ではこのような手法は、大がかりな土木・橋梁工事で使われることはあっても建築物に使われる事はなかった。
Ⅰ型梁の施工の様子。当時最先端技術のプレストレスト・コンクリートによるフレシネー工法が用いられた。右手遠方は御本殿。
(映像「出雲大社庁の舎」(製作:大成建設株式会社)より抜粋)
この建築のもう一つの大きな特色は、PCコンクリートによる量産部材を多用していることである。PSコンクリートの柱と梁以外はPCコンクリートによって造られている。各部分に分けて東京の工場で生産されたものを現場で組み立てている。このことで取り替え可能な建築を実現している。特に側壁は、出雲大社が農耕の神であることを象徴して、出雲地方の
「稲架」をイメージしたデザインになっている。この緻密なデザインは、PCコンクリートだからこそ可能なものである。さらにこの側壁の横桟にはガラスがはめ込まれており、繊細な光を内部に導くと同時に、夜はこの建物全体が神前を照らす「あかり」となるように工夫されている。
この他にも庁の舎には、天地根元造りをイメージさせる複合HPシェル、鏃をモチーフにした外壁のPC版が用いられている。これらも最先端の技術にも関わらずその施工精度には驚かされる。また締め付けボルトには一つひとつガラス器や出雲地方の抹茶茶碗が被せてある。さらに粟津潔氏のデザインした玄関のドアグリルは、「八雲立つ」と言われる出雲の雲を表現しているという。これらは出雲の文化を表現したものである。このように庁の舎には出雲の技術と文化が濃密に表現されているのである。
現在出雲大社の本殿は平成25年5月10日まで「平成の大遷宮」が行われている。これは古くなった屋根を葺き替えることで出雲に伝わる技術と文化を継承するものである。庁の舎もその存在によって、出雲の技術と文化を未来まで引き継いでいくであろう。
建築主より
時間とともに愛着が生まれる出会いの場
出雲大社 禰宜
藤井雄四郎(Yuushirou Fujii)
私は生まれも育ちも大神さまのお膝元です。出雲では昔、田んぼのあぜ道に刈り入れした稲穂を干す「稲架」がありました。今では稲架を風物詩として見ることは出来ませんが、庁の舎の外観には出雲の農耕文化が凝縮して表現されていると思います。また見る角度によっては登呂遺跡の竪穴住居や、江戸時代の工匠が神社建築の原型として仮想した天地根元造りのように、壁と屋根が一体となった建築に見え、とても愛着を持っております。
私の奉職は、庁の舎が竣工した3年後の1966(昭和41)年です。初めて庁の舎を見たときは、この場所にコンクリートで建てられたことに驚きを感じました。しかし、内壁は、木目が明瞭に見られ、また当時の床には10cm角の栗の木が敷き詰めてあり、草履での感触はとても柔らかで、漸次に木の温もりの様な感触になってきました。
私には玄関の扉の模様が指紋のように見えます。その取手には、訪れたたくさんの人たちが手をかけてくださる。そしてたくさんの人が出入りするところに自分も出入りする。これこそ縁結びだと思います。
これからもたくさんの人との出会い、神様とのご縁を結んで戴くときに訪れる最初の場所として、また出雲の文化を継承する場所として庁の舎を末永く伝えていきたいと思います。
設計者より
苦しみや高い精神性に創造の魂が宿る
株式会社菊竹清訓建築設計事務所
菊竹清訓(Kiyonori Kikutake)
庁の舎の設計を始める以前から、なぜ出雲大社のような荘厳で高さをもつ建築が、京都や奈良ではなく出雲にあるのかということに興味をもって調べていました。当時は建築とは一体何だろう、建築家は何をすればいいのだろうかと建築の「方法」を模索していました。その「方法」がのちに武谷三男氏が獄中で書かれた「三段階論」に影響されて「か・かた・かたち」論に発展していきますが、当時はまだ整理段階でした。
出雲大社の社殿を拝見したとき、「とりかえ理論」の重要性を感じ、劣化したときに交換できるように工場生産の部材であるPCコンクリートにチャレンジしました。これは1960年に提唱したメタボリズム(新陳代謝の考え方)を具現化する結果となりました。「メタボリスム=とりかえ理論」は、取り替えること以上に、なぜここが傷むのかということを考えることが必要だと思います。また庁の舎のPCコンクリートのように高い技術力を持つ職人さんが魂を込めてつくる「高い精神性」を伝えていくことが重要だと思いました。
庁の舎の設計をやり遂げることは大変苦しかった。しかしその苦しみが多くの出会いを生みました。建築主さん、職人さんや現場の方など、一緒に仕事をしたいと思う方々とこの庁の舎をつくることができたのは幸せです。人間社会の偶然、そしてつながりができることの喜びを感じています。
施工者より
詳細な図面と試作により、高い精度を実現
元 大成建設株式会社
谷原 裕(Yutaka Tanihara)
建設当時は35歳くらいで、現場責任者として20人ほどの職人をきりもりしていました。菊竹清訓先生はその頃既に有名で、現場には武者英二さんが常駐していました。当時の出雲は道路の整備が十分ではなく、また工事はどれも最先端の技術だったので、試行錯誤の連続でした。
最も苦労したのはコンクリートの型枠です。柱と梁は木目を出すために、本実型枠を用いています。継ぎ目の施工は高い精度が特に求められ、割り付けの寸法や、コーナーの面取り、セパレータの位置などを細かく計算し、たくさんの図面を描きました。その精度とバランスに菊竹先生は大変気を遣っていらっしゃったのだと思います。また、北東面のHPシェルの型枠は、その型枠どうしの取り合いが難しく、参道の右側に現場小屋を建てて作業場を設け、原寸の試作をつくってから施工しました。
苦労も多くありましたが、スパン47mに及ぶプレストレスト・コンクリートの梁が完成したときの感動は今でも鮮明に覚えています。出雲大社という神聖で伝統のある場所で、当時の最先端の技術に取り組むことができたことを大変誇りに思っております。
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