ACe建設業界
2011年7月号 【ACe建設業界】
ACe建設業界
特集 人づくり
 第2回 「繋」
最大級の津波を
 想定した減災対策へ
平成23年度
 意見交換会
遠近眼鏡
天地大徳
世界で活躍する
 日本の建設企業
現場発見
BCS賞受賞作品探訪記
建設の碑
フォトエッセイ
目次
ACe2011年7月号>現場発見
 

[現場発見]

新幹線の真上に世界初の技術で鉄路を架ける
東北縦貫線 南部工区建設一他

 
 
 
[文]
遠藤和憲
[写真]
西山芳一

東京・神田。「昭和」の匂いを色濃く残しながら、
ビジネスの中心街として長い歴史を刻んできた。
昼夜を問わず人々が行きかうこの大都会の真ん中で、
いま、歴史的な土木事業が展開されている。
上野、東京駅間の線路を延伸する東北縦貫線整備事業である。
新しい鉄道の敷設に取り組む鹿島建設・永田敏秋所長に訊いた。



東京~上野を貫く新ルート

鉄骨部材を搭載した運搬台車と、部材を揚重する100トンクレーンを載せた自走式台車が、南部ヤードで「終電」の時を待つ。

クリックで拡大画像を表示

 現在、関東北部から都心に向かう宇都宮、高崎、常磐の在来各線は上野駅が終点となっている。これを東京駅まで直接乗り入れる新ルートが東北縦貫線だ。これにより東海道線東京、新橋、品川方面への直通運転が可能となり、東京~上野の所要時間を10分程度短縮、またピーク時には乗車率200%を超える同区間の山手線、京浜東北線の混雑緩和が期待されている。

 東北縦貫線は、東京駅と上野駅の間約3.8kmを結ぶ。このほぼ中間地点となる神田駅付近では線路用地の確保が困難なため、並走する東北新幹線高架橋の上に鉄骨を継ぎ足し、橋台・橋脚を施工、その間に新たな桁を架設していく。「東北新幹線の真上に重層構造で新しい線路を敷設することになります。これほど大掛かりな現場は過去に例がありません」とこれまで鉄道工事一筋の永田所長は語る。

工事概要

工事名:東北縦貫線南部工区建設1他
      東北縦貫線(南部)鉄骨架設他工事、PC・鋼桁架設他工事
工事区間:東京都千代田区丸の内1-9 中央区日本橋本石町4-1 ~
       千代田区神田須田町2-7 地先
工事延長:東京方アプローチ部高架橋 350m
       新幹線重層部高架橋 600m
鉄道施設内容:東北縦貫線(新線)上り・下り 計2線
着工:平成20年3月
発注者:東日本旅客鉄道株式会社
設計者:ジェイアール東日本コンサルタンツ株式会社
施工者:鹿島建設株式会社 JR東北縦貫線工事事務所


ミリ単位での鉄骨架設

新幹線の上下線軌道のわずかな間隙にクレーンを設置し、中空を走るトロリー線を避けながら慎重に部材を吊り上げる。

 橋脚となる鉄骨の部材は、東京駅の南側に整備された「南部ヤード」から搬入する。前夜のうちに部材をヤード内の運搬台車に搭載、深夜、東北新幹線が運行を終えた後、100tクレーン自走運搬台車とともに軌道内に入る。施工ポイントでクレーンを降ろし、ピースを揚重、架設位置にミリ単位で収め、仮ボルトで固定する。

「鉄骨ピースは台車に搭載し、新幹線の線路に沿って架設場所まで運搬します。現場では非常に狭い空間でクレーンを操作するのですが、新幹線の設備に接触することなど絶対に許されない。もっとも緊張する作業です」。実質作業時間は始発までの4時間程度。1日に架設できるピースはひとつが限界だ。こうした作業をほぼ2日に一度、約220回繰り返し延長600mに及ぶ重層部の橋台・橋脚を施工していく。

 鉄骨架設と並行してPC桁の施工も進む。PCブロックを作業構台上に吊り上げ、連結して桁を製作、「PC桁架設機」で一括架設する。架設前夜までに最長で60mにもなる桁を走行ガーダーに載せ、吊りガーダーで吊り上げる。走行ガーダーを前方に送り出した後、桁を降ろして橋脚に設置。この作業を基本的には一晩で完了する。施工するPC桁及び鋼桁は全体で19連。巨大な尺取虫のような架設機が桁をつないでいく。

究極の安全性を追求する

新幹線重層部の梁架設

クリックで拡大画像を表示

 永田所長は、鉄道工事の現場では安全施工に加え、列車の定時運行を至上命題と考えている。作業の遅延で電車が止まってしまうだけで大きな「災害」になる。「ましてやこの現場は真下が新幹線の軌道。ボルト一本落しただけで大事故につながりかねません。新幹線は特別な存在なんです。これまで大きな事故もありませんでしたが、初めて軌道内にクレーンを入れたときはシビレましたよ。今でも夢に見るほど緊張しますね」と永田所長。安全性の確保は最重要課題だ。「この工事のために開発されたPC桁架設機や自走式のクレーン運搬台車も、大規模化に伴い安全性を追求して進化した機械です」と世界に一つしかない巨大マシンを背に胸を張る。

 初めてづくしの環境の中で、すべてが順調に推移したわけではない。「最初の鉄骨架設を前に、実際の新幹線軌道内で二回ほど練習をしましたが、これが100%満足のいく結果ではありませんでした」。各地の重要な鉄道工事に20年以上携わってきたベテランをして「そのときは本当に鉄骨を架けられるのかと思った」と言わしめる特殊な現場なのだ。「三回目は本番。これが想定したとおり順調にいった。経験がモノをいうよりも、習熟することが求められます」。

 大規模な工事が行われる当日の夜8時、朝礼後、現場事務所会議室に100名近い職員・作業員が一堂に会し「周知会」が開かれる。「全員で分刻みの工程を確認します。一つの作業が遅れると全体に影響する。そのときは現場を止め、撤収する覚悟をしなければなりません」。明日この続きをやって遅れを取り戻そう、などと言ってはいられない。数時間後には新幹線が動き始めるのだ。それでは安全を完璧なものとする最大の心構えはどこにあるのか。永田所長は「コミュニケーション」と言い切る。「全員が意識を共有し、同じ方向に進めば事故は起きない。作業員が連携し、呼吸を合わせる事が大切です」。「周知会」はその「あ・うん」を再確認する重要な会議なのだ。

地域の日常に寄添う現場

現在、橋脚橋台は80%、PC桁は3連目まで完工され、施工は急ピッチで進められている。

 大都会の真ん中とはいえ、このエリアを生活の場としている人も少なくない。町会の清掃作業や祭りなどのイベントにも積極的に参加し、地域との交流を深めているという。「ビルのオーナーさんは高層階に住んでいらっしゃることが多いんです。そのため騒音対策にも万全の対策を講じています」。深夜ともなればその枕元で工事をしているようなもの。現場での会話は無線を通して行われる。話し声はもちろん、工具が接触する音も最小限に抑えられ、作業は驚くほど静かな状況で粛々と進められた。

 明け方、すべての工程を終え、作業員が現場をうつむき加減でゆっくりと戻っていく。疲れきっているわけではない。ボルトや工具などの置き忘れ、不具合な箇所が無いか、目視で確認するのだ。その後ろ姿は今日も安全に現場を全うした達成感に満ちている。

Q.あなたがこの現場で発見したことは何ですか?

鹿島建設株式会社
JR東北従貫線工事事務所
所長 永田敏秋

A. プロジェクトは発注者のJR東日本さんと施工者である我々が一丸となってスタートしました。社内でも、本支店の関連部署が総力をあげて取り組んでいます。ケーススタディのない新しい工法、難易度は最高レベル、昼夜を問わず24時間体制で稼動するタフな現場ですが、だからこそやりがいがあります。スタッフのモチベーションも非常に高い。発注者と施工者が一体となり、強固な信頼関係を築くことで不可能を可能にする。未知の領域に挑む現場だからこそ、結束力の重要性を改めて実感しました。

 大都会の真ん中とはいえ、現場が動くのは真夜中ですから、これほどの大工事でも、気付かない方は多いかもしれない。しかし、注目を集める世界一の電波塔建設に勝るとも劣らない歴史的な事業だと自負しています。


 
   
前月へ  
ページTOPへ戻る