市場のグローバル化、人口の減少と高齢化が進行する時代を迎え、
国力の低下が危惧される日本。 いまこそ、一人ひとりの人間力を高める「人づくり」が必要とされている。 人づくりの原点は、幼少期にあると言われている。
子供たちには無限の可能性がある。
その可能性を伸ばし、社会で生きる力を育むことが未来の活力につながるだろう。 そこで第三回「触」では、子供たちを実物に触れさせることで、自ら感性を養い、 視野を広げることを試みている現場を取材した。 明日を担う子供たちの可能性を引き出すためのたゆまぬ挑戦に迫る。
タワーの部材を組み上げ、喜びを分かち合う子供たち。アクティビティが完了したときの達成感は大きい。
「キッザニア」は子供がリアルな職業体験を楽しむテーマパーク。1999年にメキシコのKZM社が開発し、フランチャイズ契約によって世界的に広がりを見せている。日本では(株)キッズシティージャパンが2006年に「キッザニア東京」 (江東区・アーバンドック ららぽーと豊洲内)をオープン。一定のカリキュラムを学ばせる学校とは異なり、楽しみながら働くなかで、仕事のありようや社会の仕組みに自分で気づくことに重点が置かれ、それを子供たちの生きる力につなげたいという思いから設立、運営されている。
約6千m2の施設に街並みを再現し、街路に面するオフィスやショップ、工場などで子供たちが主役となり、職業人として振る舞うプログラムが組まれているのが特徴である。アクティビティは90種以上と、暮らしを支える職業が何でもあるといっていい。
リアルな職業体験を実現できているのは、60社以上の企業がオフィシャルスポンサーやサプライヤーとなっているからだ。設備、着衣などを提供し、仕事内容には各社の専門的なノウハウが反映される。また、体験ごとに子供たちをサポートするスーパーバイザーは職場の先輩として子供たちに接し、親たちが手を貸すといった介入もない。そのため、子供たちは自分の力でやり遂げる手応えを感じることができる。経済活動の体験もリアルだ。一つの仕事を終えると、報酬として専用通貨「キッゾ」が渡され、それをショップで使うこと、貯蓄することもできる。銀行で口座を開き、ATMを操作するのも子供たちだ。
建設現場(大林組出展)や住宅建築現場(大和ハウス工業出展)もある。クレーンを操作し、互いに合図を送りながら、タワーの部材を組み上げる体験にはチームワークが要求される。車椅子を動かし、フレンドリーデザイン住宅の必要寸法を検討する場面では、子供たちも真剣な表情に。大人の世界に一歩踏み込む体験は、子供たちの自信にもつながる。
ここ数年、キッザニアの街を出て、実際の仕事現場を経験するプログラム「Out of KidZania」も展開されている。なかには2泊3日で林業や漁業を体験するコースがあり、屋内施設では難しい自然と関わる仕事に挑戦できる。いわばテーマパークの本質を超えてしまう企画だが、職業体験の提供で、明日を担う子供たちの成長に役立ちたいという事業趣旨を深めるものといえよう。本物の仕事のスケールのなかで、子供たちは大人も予測できない成果を持ち帰ることだろう。
磯の生き物を見つけながら採集する子供たち。石の裏側や岩影に集まる見たことのない生き物に初めて触れる。
「海のことをもっと知ってもらえる仕事がしたい」という思いで、水井涼太さんは今年2月に横浜国立大学発のソーシャルベンチャー「Discover Blue」を設立。海洋生態系教育サービスの提供を糸口として、持続可能な「海」と「人」との関係を築くことを目指している。
水井さんは大学の学部・大学院修士課程を通して海洋生物学を専攻し、卒業後は独立行政法人海洋研究開発機構の開発事業に事務方として関わっていた。しかし、日本では海の最先端の研究が多く行われているのにも関わらず、一般市民には海や海の生態系について基本的なことがらも知られておらず、知る機会も極めて少ないことに改めて気づいたという。それを伝える仕事を考え、海洋生物学の専門性を高めようと大学院へ戻ったのは6年前。1年ほど後、大学の研究施設のある神奈川県・真鶴で、地元や近隣地域の小学生に遠足の際などに海の生物観察の指導を行うことを目的として開始された「真鶴町立海の学校」を、ボランティアとしてサポートする機会を得た。立ち上げたのは小学校長を退職後、海の教育に意欲を燃やす現・真鶴町立遠藤貝類博物館の館長、渡部孟さん。そこで水井さんが出会ったのは「磯の生物観察」に熱中する子供たちだった。水井さんはそれこそ海を楽しく知る第一歩だと思ったという。NPOを設立し学習プログラムを練り、自治体や教育関係者、企業などを巻き込むプランを案出している。
Discover Blueが提案する磯の生物観察には、発見と驚きがある。潮が引いた磯で、半ば海水に浸る石をそっと裏返すと、そこにさまざまな海の生物が潜んでいたり、付着しているのを見つけることができる。水井さんは言う。「やりたいことは、子供たちが自分の足で磯へ出て、石をひっくり返して、わっ! これなあに? と言ったときに、僕たちが後ろにいて説明してあげること。自分で発見して、それが何かを理解させると、もっと知りたいという気持ちが生まれるんです」。専門知識があっても海の生物は多様で、すぐに正体がわからないものも珍しくない。「そんなときは、一緒に調べようと言う。子供は、教える僕らも知らない生物を見つけたことに驚き、海は未知の生物がいる場所だとわかってくる」。食物連鎖で海の生態系を支えるプランクトンを自分で採取して、顕微鏡で観察する機会も提供している。初めて見るプランクトンの形や動きに感動しつつ、生態系のイメージをつかむ。
海を知ることは、どのように自然環境を守っていくかを考えるベースとしても重要だ。また、今後の日本にとって、海は重要な資源を提供する場として、さらに開発されていくことが予想される。開発にともなう生態系へのダメージをなるべく少ない形で進めようとする場合も、専門家だけでなく一般市民として判断できる知識が必要となる。子供の頃に海に触れることは、これからますます大切な経験になりそうだ。
「(仮称)三田ベルジュビル」の見学会の様子。現場では素朴な疑問から専門的な内容まで、さまざまな質問が飛び交う。
この6月28日、東京・港区芝に竹中工務店が建設中の「(仮称)三田ベルジュビル」で現場見学会が開催された。日本建設業連合会が新団体として4月にスタートしてから最初の見学会である。
「三田ベルジュビル」はJR田町駅から徒歩数分、オフィスとマンション、店舗を複合し、地下四階、地上33階、高さが164mに達する超高層ビル。見どころは盛り沢山である。四階から24階までのオフィス階はS造、25階以上のマンション階をRC造としており、用途により異なる構造形式を採用している点や、両者を挟む24階と25階の間を中層免震階とし、各種のダンパーを配置している点。また、基礎を逆打ち工法として、地下と地上階の施工を同時進行させ、工期短縮を図るなど、多くの工夫がなされている。見学者は関東圏の大学の建築関連学科に在籍している学生22名。現在求められる経済や環境などの条件を反映した設計手法や、工法の実際を見て、学習に役立ててもらうことも見学会の目的の一つである。さらに大きな目的としては、現場の雰囲気に触れ、施工に携わる人たちとのコミュニケーションを通し、ものづくりの魅力を感じとってもらうことで、建設業界に進む人材を増やしたいという思いがある。
建設現場の見学会は、日建連の合併以前から旧BCS(建築協)と旧土工協で、広報活動の一環として行われてきた。主目的は建築分野、土木分野でそれぞれに異なるが、建設業が直面する問題を打開したいという意図は共通する。
旧BCSは建築系の学生を募り、平成8年からほぼ毎年1~2回の割合で開催。背景には建築を学ぶ学生が実際に建築生産の現場を見る機会が少ないとの先生方の声を受けてのことであった。
また、旧土工協は平成14年に「100万人の市民現場見学会」を立ち上げた。鉄道や道路、ダム、橋梁、空港施設など、社会資本整備のための公共工事が一般市民から疑問視されている状況に対して、その必要性を説き、理解を得るため、なるべく多くの市民に土木工事現場を体感してもらう取り組みである。土木工事は地下や仮囲いの中で施工され、人の目に触れることは少ない。「現場は建設業のショーウィンドー」といわれるが、普段見ることのできない工事の状況を知ってもらうことによって、建設業の社会的使命やその活動の実態、さらには社会資本整備の必要性についての理解を深めることを狙っている。「100万人の市民現場見学会」は、会員会社が近隣住民等を対象に開いている見学会に加え、土工協本部主催でオピニオンリーダーや経済関連団体を招くケースを設け、さらに支部主催による高校・大学生対象の見学会などを全国規模で展開。その結果、見学者は初年度で合計30万人を数え、3年目の平成17年には100万人。9年目の平成22年8月までに開かれた見学会は合計4万7、980回で見学者数は200万人を超えた。子供から大人まで幅広く、修学旅行や社会科見学ブームの対象としても認知されている。
見学者へのアンケート調査によると、土木工事のスケールの大きさ、普段は見ることのできない工事過程や先端技術は見学者にとって大きな魅力となっている。同時に、抱いていたイメージ以上に騒音・振動対策、環境対策、安全対策がなされていることに驚く声も多い。防災や経済活性化のための社会資本整備を必要とする意見、また一方で事業計画段階からわかりやすい情報公開を求める意見・提言も寄せられている。市民のさまざまな受け止め方を知ることができるのも見学会の成果である。
今後は建築、土木が連携し、日建連の広報活動として、これまでの成果をもとに未来を拓く現場見学会を展開していく。
技術立国ニッポンの「人づくり」を考える
産業の現場から人づくりを変える
我々の営む経済活動は人の力によって成り立っており、「人づくり」はその原点だといえる。そこで本特集では「人づくり」を産業全体の課題として捉え、建設業のみならず、他産業を含めた九つの取り組みを紹介してきた。
第一回「匠」では、最先端の現場で働く現代の匠を訪ね、たくましい志と継続の中のチャレンジを見出した。第二回「繋」では、若手社員への教育・研修の現場を取材し、将来を拓く人材を育てるために基本を重視し、受け継ぐ若者たちにもその大切さが伝わっていることが読み取れた。第三回「触」では、明日を担う子供たちの可能性を広げようとするたゆまぬ挑戦に迫り、子供たちに自ら行動させ、発見する喜びを通じて学びへと導く実践的なアプローチをみた。
いずれの産業も現場で得たきっかけを活かし、自発的に行動し挑戦することで成長を遂げる人々がいた。これらの取り組みを通じて、読者の皆様が各産業で直面するそれぞれの「人づくり」に、新たな展望を見出していただければ幸いである。
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