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鈴木千輝(Chiaki Suzuki)
国土交通省 大臣官房 官庁営繕部 計画課 課長 |
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阪神・淡路大震災後から進められてきた官庁施設の耐震化。
災害時の活動拠点として、更なる防災機能の強化が求められている。
その取り組みを、国土交通省大臣官房官庁営繕部計画課の鈴木課長
(現官房審議官)に伺った。
津波による被害を受けた岩手県沿岸部の庁舎。
東日本大震災では、早い段階から道路などのインフラの応急復旧を開始できました。これは、東北地方整備局の本局が入居する庁舎が、被害を受けて一時的に屋外退避しなくてはならなかったものの、倒れずに機能したということが大きかったと思います。震災後に情報収集や対策検討などの司令塔としての活動拠点となる官庁施設が、防災上重要であるということが改めて認識されました。
国土交通省では、阪神・淡路大震災後の平成8年に「官庁施設の総合耐震計画基準(以下、計画基準)」を策定しています。阪神・淡路大震災では、官公庁施設が多くの被害を受けたため、災害対策活動のみならず、行政サービスの提供に支障が生じ、防災拠点としての機能が果たせなかった事例が数多くありました。その教訓から、計画基準の策定以降、災害応急対策活動拠点施設の耐震安全性の確保を実施してきました。
計画基準の具体的な内容の一つに「官庁施設における耐震安全性の目標」の規定があります。これは、官庁施設の防災上の機能及び用途に応じて、施設を三つに分類し、それぞれの耐震性能を規定しています。
I類は、災害対策基本法の「指定行政機関」である内閣本府、国土交通本省などが使用する官庁施設や二つ以上の都府県又は道を管轄区域とする管区警察局、地方整備局などが使用する官庁施設において、大規模地震後、建物の補修をすることなく建築物を使用できることを目標としています。この耐震基準値は建築基準法の1・5倍相当です。
II類は、I類の局の出先機関、航空交通管制部、海上保安部など、Ⅰ類より管轄区域が狭い施設が対象となり、構造体の大きな補修をすることなく、建築物を使用できることを目標としています。耐震基準値は建築基準法の1・25倍相当です。
その他、法務局や税務署など、災害応急対策活動と直接係わりのないものをIII類とし、安全を確保できることを目標として、耐震基準値は建築基準法相当としています。この計画基準は国の統一基準です。また、地方公共団体にも内容をお知らせしています。
岩手県沿岸部の庁舎の内部被害。
建具や設備機器類の破損がみられる。
今回の地震は、国内観測史上最大規模の大地震です。長時間にわたる激しい揺れと未曾有の大津波が発生し、東北地方を中心に大きな被害をもたらしました。特徴としては、長く強い揺れが続いたので、地盤の液状化が多く発生したことと、広範囲に津波被害があったことです。幸い官庁施設の地震動による直接的な被害はそれほど多くはありませんでした。
地震が発生した3月11日、国土交通省では直ちに非常体制が取られ、国土交通省緊急災害対策本部が設置されました。初期の頃は1日に数回の会議が行われ、各局が収集した情報を報告し、本部長である国土交通大臣の指令をもとに対策が練られました。会議は5月30日までに、48回開催されました。
官庁施設の被災状況の詳細把握のため、余震を含めた震度五以上の揺れを観測した地域に所在する施設について、国土交通省から職員を派遣するなどして被災状況を調査しました。調査した官庁施設は、約1200件に及びます。調査の結果、何らかの被災があった施設は370件で、そのうち沿岸部で津波の被害を受けた施設は26件であることが分かりました。
千葉県西部の庁舎では、液状化により駐車場の地盤が20cm程度沈下している。
施設被害は、津波被害、液状化被害、震動被害の三種に分類することができます。津波被害を受けた庁舎の例を二つ挙げてみます。岩手県沿岸部のある庁舎は二~三階間の階段踊場まで浸水し、建物内部の建具や機械室の設備機器類が破損しました。また、周辺地盤が陥没し、基礎フーチングが露出しました。宮城県沿岸部の別の庁舎ではさらに状況が悪く、地盤が洗掘で流され、基礎杭頭が露出しています。杭頭自体にもひびが入っているため、この施設は引き続き使える状況ではありませんでした。
液状化被害は、千葉県を中心に関東地方周辺で報告されており、被害は15施設に及びます。建物本体はあまり被害を受けていませんが、駐車場や外構の沈下が見られました。千葉県北部のある庁舎では、外構の地盤が液状化で60cm沈下したことが確認されています。
地震動の被害はそれほど多くはありませんでしたが、いくつかの震動被害もみられます。福島県内陸部のある庁舎は現行の建築基準法の規定を満たしていなかったため、柱や耐震壁にせん断ひび割れが発生しています。一方で、建築基準法を満たしている庁舎は、外壁、附属屋やペントハウス等に被害が限られ、業務を継続するにあたってそれほど支障がなかったように見受けられます。
国土交通省ではこれまで、建築基準法に上乗せして耐震性を高めた計画基準を満足する割合を平成27年度までに90%満たすことを目標としてきました。その達成率は平成22年度時点では81%にまでなりました。地震動の被害がそれほど多くなかったのは、その効果も出ているのではないかと思います。
今回被災した官庁施設のうち、被害が比較的大きかったものについては、5月の第一次補正予算により、東北地方整備局と関東地方整備局の管内にて復旧工事を進めているところです。
福島県内陸部の庁舎では、庁舎に傾きは生じていないが、柱や耐震壁にせん断ひび割れが発生している。
このほかの対応として、震災後の技術支援策として、複数の文書を各省各庁に発出しました。被災した施設を必要な対応をとらずに使用すると支障があります。そのため、施設使用にあたっての留意事項や、地震発生後に東京電力、東北電力管内で実施された計画停電に伴う節電対策・停電対策を通知しました。
例えば、水没した官庁施設で電気を使うことは大変危険なため、3月12日付けで「被災した施設の設備機器に関する注意事項について」を発出し、主遮断器等の開閉を専門家へ依頼するよう呼びかけ、注意を促しました。3月14日には、計画停電の実施を受けて、急遽施設の運用に関して考えられる節電対策を取りまとめ、その取り組みを徹底するように「計画停電に伴う官庁施設の節電対策の徹底について」を発出しました。また同日、関東地方整備局と中部地方整備局に向けて、工事現場の節電対策を記載した「節電等に関する取り組みの徹底について」を通知しています。一方で3月15日には、実際に停電が起こった場合の対応として、「計画停電への対応について(施設管理者への連絡事項)」を通知し、エレベータへの閉じ込め防止策や非常用自家発電の事前点検の必要性を呼びかけています。さらに、何か分からないことがある場合に備え、相談窓口を国土交通本省と地方整備局の計五カ所に設けました。
このほかにも、近年増加している免震構造への対応として、3月16日に「免震構造の建築物に関する応急点検の実施について」を発出し、その応急点検を適切に実施するように呼びかけました。
第一次補正予算の中で、官庁施設の震災に関する調査費用をいただき、大規模地震時の機能確保に関する調査検討業務を開始しています。
地方整備局独自の調査とあわせて、業務継続に対する支障の実態が少しずつ明らかになってきています。例えば、津波によって浸水した施設の多くは業務継続が難しくなりました。その一方で、津波による被害を受けた施設の中でも、上層階や別の施設に機能を移転してなんとか業務を継続したものも確認されています。被災状況の把握に加え、こうした業務継続のための工夫なども把握し、震災後の機能維持、早期の機能回復を図れるような水準の設定やそれを実施するための具体的な整備手法などの検討につなげていきたいと考えています。
また、これからはハード面に加えてソフト面も重要視されていくと思います。施設の強度を確保することは当然のこととして、各施設に入居する官署の業務の性格や、各地方公共団体の復興計画や地域の街づくりの考え方にあわせて、どのような施設をどの場所につくるべきかを考えていく必要もあります。こうした検討内容を必要に応じて官庁施設の基準に反映し、更なる防災機能の強化を図っていきたいと考えています。
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