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7月下旬、ある政令市発注の下水道築造工事。応札した59社全社が同額でくじ引きして、ある道路会社が落札者に決まった。59社は、同市の下水道工事A等級の資格者であるが、その顔ぶれは実に多彩で、これほど競争環境が激変しているのかと考えさせられる。ゼネコン、マリコン、道路、橋梁、基礎、機械土工、通信設備、エンジニアリング、不動産などを事業ルーツとする企業が公共土木の分野に押し寄せているのである。中には、地方で起業し、この5年間で売上高を五倍に伸ばしている企業もある。この会社は、公共土木が激減しているマーケットにあって、2010年7月期の売上高は、前期比51・4%増の215億円とある。下水道築造を得意としてきた旧来の土木ゼネコンが軒並み苦戦し、生き残りを賭けている中にあって、この異様な売上増は、どうなっているのだろうと首を傾げざるを得ない。
いずれにしても59社が応札して全社同額の札入れをしている。これが公共工事の競争最前線の一光景である。どうして、こんなことが発生するのか。
その発注者は、予定価格を公表し、しかもロアーリミットと言われる「最低制限価格」を、予定価格の7割に設定している。だから、応札する側は積算するまでもなく、その工事を落札しようとすれば、おもむろに電卓を出して、予定価格を入力し0・7を掛けるキーを叩き、その出た数字をそのまま札に書きこみ、後はくじ運を祈っていればいいのである。
この場合、あえて競争力を問うなら電卓とくじ運と答えるしかない。本来ならば、競争性は参加する側の数と比例して増大するものであるが、電卓とくじ運の競争なので、数の増加は空疎さと確率を悪くさせるだけで、むしろ競争性は減退していく。応札者には、競争によって受注を勝ち得たという意識は起こらない。
棚からぼた餅が落ちてきたようなもので、棚ぼたで建設企業の事業が成り立っていると言われても仕方がない。そのような状況を、公的な入札システムが誘導しているのである。この発注者は、予定価格を公表しロアーリミットをその7割としている入札システムなので、かねてから応札が殺到し、その全てが同額でくじ引きによって決まっていた。電卓とくじ運による、空疎な競争環境は常態化していたのだ。
今年1月の下水道築造工事では、三社構成のJVで29JVが参加したし、2月の下水道築造でも三社構成JVで33JVが参加した。当たり前のことだが、いずれも判で押すようにすべて同額、くじ引きによる決着である。三社JVだから、実に100社近くがこの「くじ引き祭り」の御輿を担がされたことになる。
こうした事態を見るにつけ、8月9日の閣議で決定した「公共工事の入札および契約の適正化を図るための措置に関する指針」をもっと強制力の持つものにすべきだと考える。この指針は、2000年公布の公共工事入札・契約適正化促進法(入契法)に基づくもので、今回、国土交通省の建設産業戦略会議の提言を受け、中央建設業審議会が了承して改正したものだが、私の関心は、地域維持型JVや段階選抜方式による総合評価を盛り込んだことよりも、事前公表についての修正にある。
事前公表は、この入契法の施行により、錦の御旗を得て、全国に広がり、極端な安値受注やダンピングを蔓延させた元凶だと思うだけに、今回の改正は、10年の歳月を経たコペルニクス的転回だと言えよう。
今回の改正では、予定価格の事前公表について「予定価格が目安となって競争が制限され、落札価格が高止まりになること、建設業者の見積努力を損なわせること、入札談合が容易に行われる可能性があること、低入札価格調査の基準価格又は最低価格を強く類推させ、これらを入札前に公表した場合と同様の弊害が生じかねないこと等の問題があることから、入札の前には公表しないものとする」と断言した。
「落札価格が高止まりになる」というのは、談合ときっぱり訣別し、厳しい過当競争にさらされている現状からすれば、理論的にはあり得ても現実的にはあり得ない架空論議である。「高止まり」とわざわざ「公の指針」に書き込むことで、そのような作為をするのが建設業界だと連想させるのは、いかがなものであろう。とはいえ、「入札の前には公表しないもの」と表現したことは高く評価したい。
しかも事前公表の悪弊が地方公共団体に多く残っていることから、「なお、地方公共団体においては、予定価格の事前公表を禁止する法令の規定はないが、(中略)弊害が生じた場合には、速やかに事前公表の取りやめを含む適切な対応を行うものとする」と念押ししている。回りくどい表現ながら、弊害があるなら事前公表を取りやめるべきだ、というものだ。この場合、弊害の最たるものは競争の質が損なわれ、競争が「電卓とくじ運」になっていることである。
低入札価格調査の基準価格及び最低制限価格の事前公表についても「当該価格近傍へ入札が誘導されるとともに、入札価格が同額の入札者間のくじ引きによる落札等が増加する結果、適切な積算を行わずに入札を行った建設業者が受注する事態が生じるなど、建設業者の真の技術力・経営力による競争を損ねる弊害が生じうることから、入札の前には公表しない」と言明されている。このように「公表しない」というコペルニクス的転回の改正指針が、地方自治体を所管する総務大臣も参加した閣議で決定された意義は大きい。
問題は、この決定がいかに影響力を持って実効力を波及させるのかに係っている。その後押しを建設業界もしていかなければならない。競争ルールの歪みは、応札し、契約後に品質の高い建造物を施工することが義務付けられている請負業者を最も直撃するからだ。つまり、建設業界は、入札契約適正化指針のもう一方の当事者なのである。
いつまでも一件の入札に60社も集まり、くじ運まかせのルールに甘んじている場合ではない。そのルールを変え、その工事に最適な企業が選ばれるようにしていかなければ、建設業界の技術、生産力、そして経営の明日はない。
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